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晃は、絵に見蕩れた自分を面白そうに笑う浅野に顔をしかめた。
「きれいな絵だし。別におかしくないだろ、見てたって」
「そうだけどさ。……なんだか似てたから。日野とコリンの、その絵の見蕩れ方が」
晃は、奇妙な面映さを感じた。
コリンの裸体を見た時も、少女の体にどきどきするというより、なぜかひどく懐かしい
気持ちがした。今もそうだ。似ている、という言葉に、晃は切ないような、暖かいような
ものを感じている。
この不可思議な感覚は何なのだろう。ついこの間、偶然に出会ったばかりの少女に、ど
うして自分は懐かしさや暖かさを感じているのか。
晃が自身の不可解な感覚に戸惑っていることなど知らない浅野は、優しい笑みのまま言
った。
「コリンは離れだよ。もちろん、会いに来たんだろ?」
「ん? ああ……」
確かに無駄話をしに来たわけではない。ホワイト・ウインドで保護してから一週間。コ
リンが浅野の家で順調に回復しているかが気になっていたのは、晃だけではなかった。
八木も、口に出して言わぬまでも、様子を見て来いと態度で言っていた。
「こっちだ」と歩き出した浅野に従いて、晃も動いた。
浅野邸の中庭は、きれいに手入れされた前庭とは趣を一変、鬱蒼と草木が生い茂ってい
た。
「母は手入れしたいらしいんだけど、父が嫌がるんだよ」
母屋と離れを繋ぐ渡り廊下の周囲こそ刈り込まれているが、その他は全くの手つかずの
様相である。たくさんの紫色の蕾をつけたツツジや、葉の出たばかりのハギの下で、ハル
ジョオン、ハハコグサ、ノアザミなどの花がてんでに咲いている。
「すごいな」窓から見える景色に正直な感想を漏らした晃に、浅野は苦笑した。
「だろ? ここだけ見てると、まるでお化け屋敷だよ。父の言い分としては、雑草なんて
草はないと。皆、すべて命があって、縁があってここに生えたんだから、無闇に殺すな、
だって。——まあね、昔人間が勝手な都合で自然を破壊したために、オオトゲアレチウリ
みたいなものを森林の奥から引っ張り出しちゃったんだから。父の言うことにも一理ある
のかもしれないけどね」
三メートルほどの渡り廊下の反対側に、母屋にはなかった引き戸が見えた。西大陸風の
家屋にはそぐわない黒い引き戸を開けて、浅野は晃を招き入れた。
「この離れは、元々祖父の療養室だったんだ」
南へ向かう短い廊下の奥に、部屋が二つあった。どちらも扉はついておらず、浅野は右
側のアーチ形の入口を潜った。先にあった部屋は、浅野邸の敷地を囲む高木の何本かが、
壁一面に取り付けられた窓から見えるようになっていた。
二十センチ角の、二種類の模様の違うウッドパネルを互い違いに床一面に貼付けた、落
ち着いた雰囲気の室内に、大きな古染色の長椅子が置かれている。
窓に直角になる位置に置かれた椅子の真ん中に座り、コリンは窓の外を見ていた。
最初に見た時とても印象的だった白髪が、開いた窓から入る風に微かになびいている。
「コリン」と呼び掛けた浅野に、コリンはゆっくりと振り向いた。晃を見ても別段さほど
驚くふうでもなく、コリンはぺこりと、白い頭を下げた。
今日は白ではなく、ピンクの柄物のワンピースを着ている。まるで囚人服のようだと思
ったあの晩の服より、こちらのほうが断然、女の子らしいと、晃は思った。
「覚えてるだろ? 日野のこと。君が元気になったか、心配で見舞いに来たんだ」
晃は長椅子に近付いた。コリンは赤い目でじっと晃を見上げる。薄赤い唇が、ゆっくり
と開かれ、愛らしい声音が零れ出た。
「歌……」
「ああ。あの時、歌ってたやつ?」
「あの歌、好きです……。もう一度、聞きたい」