表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を飛ぶ  作者: 林来栖
第二章 風に問う
15/113

2

 エアーバスの停留所から十分ほどのところに、浅野の家はあった。

 整然と並ぶ豪邸の中でもひと際大きな区画を有する浅野家は、他の家が周囲に灌木を配

置しているのとは異なり、庭に大きな高木が数本、植えられている。

 浅野の父親は、塔経市公安局の副局長を勤めている。晃は、公安局には美鈴の件で言い

たいことが多々ある。だが、例の少女を快く引き取ってくれた浅野の父親に、それをぶち

まけるのは、どうかとも思っている。

 在宅している時間ではないと思う。なるべくなら、浅野の父とは顔を合わせたくない。

複雑な心境を抱え、晃は浅野邸の門扉のブザーを鳴らした。

 程なく、立体モニターが作動し、天然石の門扉の中程に女性の顔が現れた。

「どちらさま?」                                

 中年の、温和な表情の女性は、どこか浅野の顔を連想させる。母親だな、と思い、晃は

丁寧に返答した。

「日野といいます。由和くんの大学の友人で……」

「ああ、はい。由和から聞いてます。どうぞ」

 浅野の母は、息子とそっくりな優しい笑みを見せると、すっと消えた。

 モニターが消えるとほぼ同時に、門扉が自動で開いた。

 何本かの高木がアクセントを添える浅野邸の庭は、春の花で埋め尽くされていた。

 匂いの強い黄色のモッコウバラのアーチの向うには、ヒースの灌木が薄紫の小さな花を

つけている。

 薄紫のヒースは、晃たちが以前に住んでいたアパートメントの前庭にも植えられていた。

花の好きな美鈴は、ヒースが咲くと、よく写真を撮っていた。

 やや伸び過ぎた枝が、南から吹き込む風に揺れ、歩く手の先を擦る。

 風の中に微かに鉄さびのような匂いが混ざり始めているのを、晃は嗅ぎ取った。

 この時季、オオトゲアレチウリは枯れた茎の下から新しい芽を出す。双葉は凄まじい勢

いで成長するが、その時に鉄さびのような匂いを発する。

 世界を覆っている“あの植物”は、また人々が最も恐れる存在、レリア・ウイルスの変

異前の、マザー種と呼ばれるウイルスの宿主でもある。

 マザー種は、直に人間に感染して広がることは、まずない。それでも変異種の恐怖を拭

いきれない人間たちにしてみれば、オオトゲアレチウリの存在は脅威である。

 この世界は現在、オオトゲアレチウリに支配されていると言っていい。 

 五百年前、西大陸の国々がオオトゲアレチウリの大繁殖によって滅ぶまで、この星——

地球に住む人類は、自然を開発という美名の下に壊し続けた。河を堰き止め、山を崩し、

大森林を伐採した。

 広がるだけ広がった人の街が最後にぶつかったもの、それが、オオトゲアレチウリだっ

た。

 森林の奥地、大木が倒れた空き地にオオトゲアレチウリや亜種のアレチウリは生息して

いた。繁殖力が強く、大木でも絡み付いて枯死させてしまうほどの生命力を持つアレチウ

リだが、森林では周囲に蔓植物が嫌う樹木なども多く生えており、それらの生育を押さえ

て来た。

 だが、人間が森林を大規模に伐採したことにより、蔓植物が嫌う樹木も大半が絶滅、オ

オトゲアレチウリの繁殖を抑制するものは、ほぼゼロになった。

 たちまちにして、オオトゲアレチウリは人の街を覆い始めた。並木に絡み付いて枯らせ、

庭先の植物を駆逐する。家の壁を覆い、最後にはビル全面に這い登った。

 除去しようにも、硬い棘と実が触れることを拒んだ。その上、オオトゲアレチウリを宿

主としていたレリア・ウイルスが短期間で街に棲息する昆虫や鳥、ペットを経て変異し、

人に感染。大流行となった。

 通常、植物から動物へのウイルス感染はあり得ない。しかし、その常識を破ったレリア

・ウイルスに、研究者もパニックになった。変異も早く、ワクチン開発が追い付かなかっ

た。

 なす術もなく、人々は家を捨て街を捨て、国までも捨てた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ