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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第一章 空に歌う
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12

 バックヤードは、カウンター席の奥になっている。

 晃は少女を横抱きにして、そう広くない室内へ運び込んだ。休憩用の長椅子の上に散ら

かっていた携帯ゲーム機や雑誌を、浅野が片手で手早く退けてくれる。

 晃は、少女の体を椅子に下ろした。白色蛍光ランプが照らす白い髪に囲まれた細い顔は、

貧血のせいだろう、全く赤みが失せている。白いワンピースの腹部から大腿部を染め上げ

ている、乾き始めた血液が、明るいライトを浴びて、いっそう生々しく見える。

 苦しいのか、薄い胸の膨らみが忙しなく上下している。              

「大丈夫かな?」浅野が、晃の背後から少女の顔を覗き込んだ。

「早いとこ、救急車を呼んだほうが……」

「そいつは止したほうがいい」

 八木が、備品棚から大判のタオルを数枚、出して来た。

「この娘の怪我は尋常じゃない。間違いなく、何かやばい問題に巻き込まれてるって体だ。

そんなやつを救急センターなんかに送ったら、それこそ相手に居場所を知らせてるやるよ

うなもんだ」

 晃は、八木の長身を睨み上げた。

「だったら、どうするんですか?」

「この近くに俺の昔からの知り合いの医者がいる。もっとも、みごとなモグリだがな。腕

は間違いない」

「そこへ連れて行くんですか?」

「いや。怪我の度合いを言ったら、動かさないほうがいいから、往診に来てくれると」

 八木は無表情に少女を見下ろしたまま、晃にタオルを渡す。

「俺は客の応対に戻る。晃、おまえは医者が来るまで、この娘の看病してろ」

 言われなくてもそうする、と内心で文句を言いながら、晃は少女の体にタオルを掛けた。

「俺も、一緒にいるよ」

 バルバットを長椅子の脇へ立て掛けて、浅野が少女の傍らに屈む。

 八木が片眉を吊り上げて浅野を見た。

「あんた、中奥の大学生だろ。こんな事件には関わらないほうがいい」

「困ってる人がいたら助ける。怪我人がいたら手当てする。普通の人間のすることじゃな

いんですか? 俺は今は、手が空いてます。やれることやって、なにが悪いんですか」

 温厚な浅野が厳しい表情で言い返したのに、晃は少し驚いた。

 八木は肩をそびやかすと、横目で浅野を睨んだ。

「若いな。ここじゃ、そんな正論は通用しないって、忠告してるんだ」

「通用するかしないか、してみなければ分からないでしょ?」

 あくまで負けない態度の浅野に、八木はふん、と鼻を鳴らす。

「好きにしろ」と晃たちに背を向け、八木はバックヤードから出て行った。

「ずいぶん、尊大な人だね。ここの店長って」

 浅野は硬い表情を崩さぬまま、店に続く扉を睨み付ける。晃は少女の上に視線を落とし

た。

 確かに八木は、いい人間というのには遠い人柄だろう。だが、あの性格だからこそ、南

外縁で生き抜いて来られたのだということも、晃はよくわかる。

「まあな。オーナー店長だから、あれくらいきつくないと、ここらじゃやってけないんだ

ろうな」                                    

 ふうん、と浅野が納得したようなしないような返事をする。

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