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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第九章 空を飛ぶ
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 免疫センターを後にする時、木村女史に頼んでエアカーに積んでもらったコリンの遺体

は、G—1ポイントへ到着してから、荼毘に付した。焼け残ったチタン合金製の骨を粉々

に砕き、この森へと撒いた。

 森は、奥平や《奇跡の羽根》のメンバーの考えで、巨大な散骨場としても使われている。

今回のセンターとの争いで亡くなった、笠井三等官や益田三等官の骨も、それと、赤嶺三

等官の遺骨も、中央との和解が済み、遺体を引き取れれば、ここに撒かれる予定になって

いる。

 晃は、コリンを荼毘に付す前に、柳原博士に許可を貰い、コリンの体から美鈴の心臓を

取り出して、セラミック製の壷に入れた。壷は、この広場の片隅に、小さな墓を建てて納

めてある。

 晃は、半径十メートル程の広場を、真っ直ぐに突っ切り、コリンの——美鈴の墓の前へ

と立った。

 追い掛けてきた浅野が、晃の隣に並ぶ。

 眼前の、白い小さな墓標を見詰めて、晃はぐっ、と拳を握った。

 確かに、柳原博士の研究室で幾度か『声』の実験をした際、歌い方によって人体への作

用が出たり出なかったりはした。

 だが、今のままの晃が『声』を使えば、誰かしらに被害が及ぶ。人の心も体も支配して

しまい兼ねない『声』を、もう暫くは使いたくない。

 いや、できれば一生、人前では、使いたくない。

 晃の心中を察した浅野が、らしくない強い声を上げた。

「日野の『声』で、誰も不幸になったりしない! 日野の歌は絶対、人の心を癒す。少な

くとも、俺にはそう聞こえる!」

「だから!」と、浅野は強く晃の肩を掴んだ。

 振り返った晃の目の前で、浅野は笑った。

 初秋の木漏れ日に、白く輝く、優しくて、それでいて力強い安心感を与えてくれる、浅

野の笑顔。

 コリンは——美鈴は、最後の別れ間際、晃がみんなの希望だと言った。だが、浅野のこ

の暖かなこの笑顔にこそ、人を助ける力があると、晃は思った。事実晃も、浅野の言葉を

信じてみよう、と思い始めている。                        

 妹への悲痛な鎮魂歌ではなく、人々を慰める歌を、歌えるかもしれない、と。

「俺は、歌っても、いいのかな……?」                       

 怖々と訊ねた晃に、浅野は「ああ」と明るく頷く。

「勿論。歌えよ、『空を飛ぶ』を含めた、もっと多くの歌を」

 晃は慎重に頷くと、もう一度、白い墓を見下ろした。

 彼方の世界へ行った、二人の妹に聞こえるように。この『声』が、破壊や混乱ではなく、

人々に慰撫と安堵をもたらすように、祈りながら。

 晃は大きく息を吸い込むと、歌い出した。「バルバットを、持ってくればよかった」と

小さく苦笑した浅野が、低い声で伴奏を歌う。

 樹木の枝を揺らす風に乗り、森林の上へと伸びていく晃の『声』は、空へと吸い上げら

れる。

 空を飛び回った歌が、どこへ行くのか、晃には分からない。しかし、決して悲しみや苦

しみを含んで戻ってはこないと、晃は信じようと思った。


 空を飛ぶ 完

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


「空を飛ぶ」は、これで完結です。


いろいろと、書き過ぎたり書き足らなかったりした物語ですが、楽しんで頂けたなら、幸いです。

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