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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第九章 空を飛ぶ
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7

 免疫センタービルでの戦いから、三ケ月。晃はG—1ポイントのラボで、覚醒した『声』

の調整と、柳原博士の研究に参加していた。

 幾分か涼しく感じられるようになった初秋の風が、大木の林の中を抜け、森林観察室の

大窓へと流れ込んできた。

 G—1ポイントは、塔経市の北、二百年前までは新光市と呼ばれていた場所にある。古

代の人々が霊場と呼んで信仰し、社と言われる建造物も多く建てられていた。

 現在は、オオトゲアレチウリにより、貴重な文化遺産である社も、全て破壊されてしま

っている。

 そんな場所に、奥平はラボを造っていた。理由は、今、晃の眼前に広がる大森林である。

「植物とは、時に摩訶不思議な現象を引き起こすものだ」

 観察室の大窓の外、様々な樹木が勝手に生殖している『庭』を眺めながら、晃の傍らに

立った奥平が笑った。

 G—1ポイントは、奥平が国立生物学研究所の所長職を退いた二十年前に、発見した場

所だった。

 国立生物学研究所所長だった当時、奥平は免疫センターの顧問も兼任していたが、『レ

リア・ウイルスとの共存を模索すべき』と唱え、『レリア・ウイルスの撲滅』を提唱する

免疫センター副所長だった柳原博士と飯山医師の父、柳原実聡博士と意見が対立し、顧問

を辞任した。奥平が国立生物学研究所を去った後、免疫センターが国立生物学研究所を吸

収した。

「この大窓から真正面に見える玉楠は、実はオオトゲアレチウリにとって、ツルガラシ以

上の天敵なんだよ。この森の玉楠は、発芽して、丈が二メートルを超えるまでは、茎と葉

から強酸性の樹液が大量に分泌される。触れれば、如何なオオトゲアレチウリと言えど、

すぐに溶かされてしまうんだよ」

 楽しそうに説明する奥平に、晃は感嘆して改めて玉楠の大木を見上げる。

 晃は、今日は、午後から柳原博士のラボに出向く予定になっていた。その前に、奥平に

呼ばれ、この観察室にいる。

 今は昼休みで、観察室のある植物ラボの研究員は皆、てんでに食事へと出ていった。二

時間と、たっぷり取られた休憩時間中には、地下の居住区で仮眠をする研究員もいる。

 晃も、地下に部屋を貰っていた。家族用のスペースで、後から呼び寄せた家族とともに

住んでいる。

 兄たちも、ラボの手伝いや、他の拠点からの食料や水の運搬の仕事に就いている。

「二メートルを超えてからも、近くにオオトゲアレチウリが根付くと、たちまち葉から毒

性物質を分泌する。人間も、触れれば危険な種なんだ。しかし、この玉楠——新光玉楠、

と私が名付けたんだが——の若木の強酸が全く大丈夫な植物もいる。それが、下草に生え

るケスゲだ」

 奥平が、細かい毛にびっしりと覆われた、細長い葉を放射状に広げた、五十センチ程の

丈の植物を指差した。

「新光玉楠の根元に生えるケスゲは、葉と茎の表面の羽毛のような毛に、新光玉楠の若木

の樹液を受ける。ケスゲの毛には、ある程度まで酸を中和する成分があるので、完全に溶

けてしまうことはない。代わりに、新光玉楠の若木の強酸樹液を纏うことで、オオトゲア

レチウリに覆われるのを防げる。——長い間、この星の主役はオオトゲアレチウリだけだ

った。我々人間でさえ、オオトゲアレチウリの前には、無だ。しかし、植物は賢い。いつ

までもオオトゲアレチウリだけに、大地の支配は許さない。昔のように、皆が共存する道

を、植物たちは模索しているんだよ」

 にっこりと笑う奥平に、晃は真顔で頷いた。

 晃たちのいる観察室の扉が、ノックされる。

「先生。浅野です。入ります」という声と同時に、浅野が扉を開けた。

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