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曲が終盤になり、浅野のバルバットが短いソロを入れる。それが済み、晃が最後のフレ
ーズを歌い出した時。突然、入口付近の客が騒ぎ出した。
ざわめきは驚愕の声を伴い、高波のようにステージのほうへと迫ってくる。
歌を止めずに様子を窺っていた晃の真正面に座っていた女性客が、背後を振り返った途
端、悲鳴を上げた。
女性客が飛び退いたところに、一人の少女が現れた。
丸椅子を片手で退けた少女は、肩で息をしながら、すっくと晃の前に立った。
耳が隠れるくらいで切り揃えた素直な髪は、青い模様がはっきり映る白髪。内側から光
っているように見える両眼は、血のように赤い。
明らかに塔経市に住む他の人間とは、色彩が違う。しかし晃が最も驚いたのは、少女の
持つ色ではなかった。
小柄で華奢な体を包む白いワンピース。薄暗い店内の明かりでも、脇腹から流れ出た鮮
血が少女の下半身をべっとりと覆っているのが分かった。
あまりの姿に、晃は歌を忘れる。浅野のバルバットの音が止んだ。
つかの間の沈黙の中、少女が呟いた。
「歌を……、続けて……」
少女の言葉に、晃ははっとなった。弾かれたように少女の側へ駆け寄る。
ホワイト・ウインドのステージは、客席との段差が五センチほどしかない。晃が駆け出
すと同時に、少女の体が仰け反った。
ゆっくりと、スローモーションのように倒れていく細い体を、晃は腕を伸ばして掴まえ
ようとした。だが、あと数センチ、少女に指が届かない。このままでは少女は床に背を打
ち付ける。そう思った瞬間。少女の背後から現れた影が、頽れていく背を抱き留めた。
左腕一本でがっちりと少女を支えた男は、麻生だった。
「貧血だな」八木よりもさらに深い声が、晃の間近で響いた。
「病院に運んだほうがいい」
「その前に一度、奥へ運んでくれ」
いつ来たのか、麻生の背後に八木が立っていた。
「救急エアカーは、ここらじゃ呼んでもすぐには来ない。ここで待たれるのは、店の迷惑
だ」
八木の冷静な言い分に、麻生は「分かった」と真顔で頷き、晃を振り返った。
「悪いな、この娘を運んでやってくれ。俺はこの通りなんでな」
麻生は膨らみのない右袖を上げてみせた。晃は少女の背を左腕で、右腕で足の下を支え
ると、立ち上がった。
「それじゃ」と背を向けた麻生の体から微かに香ってきた匂いに、晃は微かな不快感を覚
えた。
甘い花のような匂いで、真樹区の野外ステージで歌っている時も、時折この匂いに出く
わす。決して不快ではない。だが、この匂いを嗅ぐと、晃は訳もなく居たたまれない気分
になる。
いつものように襲って来た、宙に放り出されたような不安定な気持ちの正体が知りたく
て、晃は自分の脇をすり抜けて玄関へ向かう麻生を振り返る。が、声を掛ける間もなく、
麻生は店を出て行ってしまった。
仕方なく、晃は少女を抱いてバックヤードへ向かった。