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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第九章 空を飛ぶ
109/113

6

 直後。すぐ後ろに迫った保安官の車から、麻生に向けて荷電粒子銃が発射される。

 羽根の角度を巧みに変え、麻生は空中でくるりと一回転して閃光を避けた。素早い旋回

だったが、以前、倒れる寸前のコリンをがっしりと支えた麻生の靭い隻腕は、しっかり晃

を捕まえて安定している。

 晃は、麻生が体勢を戻すのを待って、歌い始めた。

 喉は、まだ脈打つリズムの痛みを放っている。しかし、今、自分は絶対に歌わなくては

ならない。

 いや、歌わなければ、自分がここにいる意味がない 美鈴のために、コリンのために。

レクイエムを。『空を飛ぶ』を。

 ♪緑の蔦の海の中に、僕らは生きている

 ♪渡ることのできない海は、どこまでも僕らの目の前を塞いでいる

 ♪昔あったと言われる碧い水の海も、色とりどりの山も、今は見えない

 ♪けれど、僕の心は蔦に埋まらない

 ♪僕の想いは翼を広げ、蔦の這う大地の上を自由に飛び回る——♪

 晃は、幾重にも音が重なる自分の『声』を、不思議な気分で聞きながら、『空を飛ぶ』

を歌い続けた。

 歌ううちに、晃の脳裏に、浅野のバルバットの音が蘇った。精緻で華麗な浅野の演奏を

思い出しながら、晃は、気持ちを込めて『声』を張る。

「やはり、いい『声』だな」と、麻生が呟くのを、晃は微かに聞いた。

 歌っている間も、こちらに間断なく飛んできていた荷電粒子銃の閃光が、いつの間にか

止んでいた。

 晃は『声』を止めずに、後方を振り返る。思惑通り、追跡車両は降下を始めていた。

 二十台ほどの公安のエアカーは、相次いでふらつきながら、地上へと降りていく。強烈

な睡魔に、保安官たちはついに降参したようだった。

 晃は、最後の一台が地表へ降下したあとも、歌い続けた。

 やがて、太陽が昇り始めた。麻生たち《奇跡の羽根》のメンバーは、上空の季節風を捕

え、更に高く上昇すると、朝日を左に針路を取る。

 眼下には、登詩磨区の市立大図書館が見えてきた。晃は歌いながら、大昔の宗教施設の

形に似せた、尖った屋根の上の象徴的な白い十字のシンボルを見下ろす。

 古の人々は、聖堂と呼ばれた施設の中で、信じた神に向かって何を祈ったのだろうか?

 家族や、己の安泰か? それとも、来世での幸福か?——            

 突然、麻生の羽根が下降気流に捕まり、一気に降下する。地上数十メートルで再び上昇

気流を捕え、見るみる空へと戻る。

 墜落するのか? と、ひやりとして、一瞬、『声』を止めた晃に、麻生は「すまんな」

と、苦笑いを見せた。

「少々、聞き惚れ過ぎた」

 小さい区画の登詩磨区は、あっという間に市境になる。その先は、延々とオオトゲアレ

チウリが広がるだけの世界である。緑の鋼鉄が晩春の陽光に輝き出す光景を見ながら、晃

は気を取り直して『空を飛ぶ』の最後の歌詞を歌った。

「『それでも、僕たちは生きていく。蔦の這う大地の上で』——」

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