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直後。すぐ後ろに迫った保安官の車から、麻生に向けて荷電粒子銃が発射される。
羽根の角度を巧みに変え、麻生は空中でくるりと一回転して閃光を避けた。素早い旋回
だったが、以前、倒れる寸前のコリンをがっしりと支えた麻生の靭い隻腕は、しっかり晃
を捕まえて安定している。
晃は、麻生が体勢を戻すのを待って、歌い始めた。
喉は、まだ脈打つリズムの痛みを放っている。しかし、今、自分は絶対に歌わなくては
ならない。
いや、歌わなければ、自分がここにいる意味がない 美鈴のために、コリンのために。
レクイエムを。『空を飛ぶ』を。
♪緑の蔦の海の中に、僕らは生きている
♪渡ることのできない海は、どこまでも僕らの目の前を塞いでいる
♪昔あったと言われる碧い水の海も、色とりどりの山も、今は見えない
♪けれど、僕の心は蔦に埋まらない
♪僕の想いは翼を広げ、蔦の這う大地の上を自由に飛び回る——♪
晃は、幾重にも音が重なる自分の『声』を、不思議な気分で聞きながら、『空を飛ぶ』
を歌い続けた。
歌ううちに、晃の脳裏に、浅野のバルバットの音が蘇った。精緻で華麗な浅野の演奏を
思い出しながら、晃は、気持ちを込めて『声』を張る。
「やはり、いい『声』だな」と、麻生が呟くのを、晃は微かに聞いた。
歌っている間も、こちらに間断なく飛んできていた荷電粒子銃の閃光が、いつの間にか
止んでいた。
晃は『声』を止めずに、後方を振り返る。思惑通り、追跡車両は降下を始めていた。
二十台ほどの公安のエアカーは、相次いでふらつきながら、地上へと降りていく。強烈
な睡魔に、保安官たちはついに降参したようだった。
晃は、最後の一台が地表へ降下したあとも、歌い続けた。
やがて、太陽が昇り始めた。麻生たち《奇跡の羽根》のメンバーは、上空の季節風を捕
え、更に高く上昇すると、朝日を左に針路を取る。
眼下には、登詩磨区の市立大図書館が見えてきた。晃は歌いながら、大昔の宗教施設の
形に似せた、尖った屋根の上の象徴的な白い十字のシンボルを見下ろす。
古の人々は、聖堂と呼ばれた施設の中で、信じた神に向かって何を祈ったのだろうか?
家族や、己の安泰か? それとも、来世での幸福か?——
突然、麻生の羽根が下降気流に捕まり、一気に降下する。地上数十メートルで再び上昇
気流を捕え、見るみる空へと戻る。
墜落するのか? と、ひやりとして、一瞬、『声』を止めた晃に、麻生は「すまんな」
と、苦笑いを見せた。
「少々、聞き惚れ過ぎた」
小さい区画の登詩磨区は、あっという間に市境になる。その先は、延々とオオトゲアレ
チウリが広がるだけの世界である。緑の鋼鉄が晩春の陽光に輝き出す光景を見ながら、晃
は気を取り直して『空を飛ぶ』の最後の歌詞を歌った。
「『それでも、僕たちは生きていく。蔦の這う大地の上で』——」




