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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第九章 空を飛ぶ
108/113

5

 木村女史が乗車してきたエアカーと、近くに待機させていた三台のエアカーに、笠井元

二等官ら怪我人と、八木を含めた補佐の人数を乗れるだけ乗せると、《奇跡の羽根》のメ

ンバーと、まだ元気な晃と警邏隊員は、屋上まで階段で昇った。

 残りの警邏隊員たちは、《奇跡の羽根》のメンバーが抱えて飛ぶ。しかし、麻生たちの

羽根では、地上から飛翔するのは難しい。屋上から飛び出し、気流を捕えて滑空するのだ。

 真樹区には晩春のこの時季、オオトゲアレチウリが占める市街地から、強い風が吹き込

み、ビルに当たる。真樹区ビル群の中でも、センタービルは頭一つ背が高いため、ビルの

屋上付近には強い吹き上げの風が通る。

 麻生に抱きかかえられて、晃は空へと飛び立った。

 総勢五十三人の《羽化しても生き残った人》は、時折、微妙に浮力を増すため羽根を動

かすのみで、巧く気流を捕まえて滑空している。

 地上を見下ろすと、夜の間は外出禁止令で影も見せなかった真樹区南外縁の住人が、異

変を感じたのか、住処の窓から黎明の空を見上げていた。

 明け方の薄明かりでは、住人たちの表情までは窺えない。だが、麻生たちの飛翔する姿

に、十二年前の悲劇を思い出し、皆、驚き慌てているだろうことは容易に想像できる。

 晃は、騒がしい声に気付いて後方を振り返った。 

《奇跡の羽根》のメンバーと、公安特殊警邏隊隊員がセンターを退去したのと入れ替わり

に、増員の公安保安官らがやってきた。空を飛ぶ《奇跡の羽根》のメンバーを見付け、保

安官のエアカーが慌てた様で追跡してくる。

 最後尾を飛ぶ特殊警邏隊のエアカーが、追跡車両からの荷電粒子銃の攻撃を、辛うじて

躱した。

「まずいな。このままじゃ、追い付かれる」

 強靭な隻腕に晃を抱えた麻生は、厳しい表情で呟く。

 その間も、追尾してくる保安官のエアカーから、次々と荷電粒子銃の閃光が飛び出して

くる。幸い、相手も空中では狙いが定まらないようで、こちら側にまだ被害はない。

 しんがりの特殊警邏隊が応戦を始める。が、このままでは早晩、犠牲が出る。麻生の首

に両腕を回している晃は、喉が痛まぬよう最小の音量で、麻生に告げた。

「俺、歌います。……木村さんたちに、耳、塞ぐように、伝えて、下さい」

 麻生は顔色を変えた。

「無茶をするな。今はまだ、『声』を使える状態じゃないだろう?」

 晃は、大丈夫だと口に出す代わりに、頷き、片手を離して親指を立てて見せた。

 他に打つ手がないのは、麻生も分かっていた。晃の『声』は、八木たちが昏倒した通り、

普通の人間にとっては強力な催眠効果がある。

 麻生は渋い顔で、ちらりと後ろを振り返った。近くを飛んでいた、連絡役の《奇跡の羽

根》の仲間に、「由貴たちに、晃くんが『声』を出すから、耳を塞げと伝えてくれ」と告

げる。

 仲間は「了解」と片手を挙げると、携帯電話を取り出し木村女史に連絡を取った。程な

く、仲間が、木村女史が了承した旨を告げた。

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