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浅野は、いつもの柔らかい笑みを、晃に向ける。
「悪い。心配かけちゃって」
ディスプレイの中の映像ではなく、生身の浅野が、笑っている。ほっとして、気が抜け
てしまった晃は、不覚にも、またも涙が零れそうになった。
だが、泣くのはみっともないので、ぐっ、と涙は堪えた。
「どうやって、LPF(生体保護液)の中から、脱出したんだい?」
柳原博士が、興味深げな様子で浅野に尋ねる。浅野は、晃の隣に立った柳原博士を、驚
いた顔でしげしげと見詰めた。
「ええと、初めてお会いしますか?」
「ああ、失礼。僕と浅野くんとは初対面になる。ただし、君は、もう一人の僕には会って
いると思うが」
真顔で答えた柳原博士に、浅野は小首を傾げる。
「もう一人のって……、あっ!」
気が付いた浅野が、分かった、という顔で晃を振り返った。声が出せない晃は、浅野に
「二人」という意味で、指を二本、立てて見せた。
晃の言わんとするところを、浅野は、「博士は双子?」と、ややずれて解釈してくれた。
「違う。浅野くんをサンプルとして捕まえたのは、柳原博士のクローンの《YT—2》だ」
麻生が、正解を浅野に教える。晃は、やはり麻生も《YT—2》の存在を知っていたの
だと、納得する。
先程、アトリウムで麻生と柳原博士が出会った時に、二人が挨拶をしなかったので、晃
は薄々、麻生と柳原博士は顔見知りだろうと考えていた。
「そうなんだ。……ああ、ええと。どうして僕が、脱出できたか、でしたよね?」
浅野は苦笑すると、自分のせいで横道に逸れた話を、元に戻した。
「サンプル用カプセルが、いきなり割れたんです。直後に日野の『声』が聞こえて。半覚
醒状態だった俺は、日野の『声』で完全に目が覚めしました。で、強化アクリルの割れ目
を夢中で叩いて広げて、脱出しました。——羽根が勝手に広がって、五十二階の割れた窓
から飛んだ時は、さすがに自分でもびっくりしたけど」
浅野も《羽化しても生き残った人》の一人である。先程の柳原博士の説明からすれば、
浅野は晃の『声』によって進化したのだ。
楽しげに語る浅野に、晃は、困惑して俯いた。
「恐らく、晃くんの『声』が、強化アクリル製のサンプル用カプセルを割ったんだろう」
柳原博士が、静かに断言した。
「音は光と同じ。いや、光以上の威力を持つ場合も、あるよ」
理屈は分かった。が、自分の『声』に、サンプル用カプセルや、アトリウムの壁面の特
殊加工アクリルを破壊するような力があるとは、どうしても思えない。
あり得ない、という意思表示に首を振った晃のリアクションに、浅野は「そうだね」と、
真顔になった。
「俺だって、もし自分がそんな凄まじい能力をいきなり発揮したら、俄には絶対に信じな
いと思う。……尤も、今さっき自分が滑空してきたのも、信じられないでいるんだけどさ」