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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第九章 空を飛ぶ
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2

 どうして自分の『声』が、麻生たちに劇的な変化をもたらしたのか? 動揺と疑問が隠

せない晃に、麻生は、難しい顔をした。

「君の『声』が、俺たちの進化を促した、と言ってもいいのかもしれん。今までは、羽根

はあるが、軟弱すぎて飛翔には向かなかった。自力で動かすのもままならなかったしな」

「晃くんの『声』が、覚醒したんだよ」

 柳原博士が、晃たちの背後から声を掛けてきた。振り向いた晃は、柳原博士の背にも、

麻生と同様、黒褐色の、蜻蛉類のものに似た巨大な羽根が、天へ向かって伸びているのを

見付けた。

「博士、俺は、いったい——?」

 痛みを堪え、晃は精いっぱいの声で尋ねる。途端、灼熱の玉が奥から迫り上がってくる

ような感覚が喉に走り、晃は血の塊を吐いた。再び咳き込む晃の背を、柳原博士が屈んで

擦る。晃が落ち着いたのを見計らって、柳原博士は晃の喉を診た。          

「まだ……、完全には固まっていないようだね。しばらく喋らないほうがいい」

 晃は素直に頷く。痛みが酷く、言われなくとも、もう声を出す気にはなれない。

 晃の代わりに、麻生が柳原博士に訊いた。

「覚醒って、どういうことなんですか?」

「生物は、種によって、それぞれ異なるバイオ・レゾナンスを有している。僕たち《羽化

しても生き残った者》は、レリア・D—iウイルス感染、発症で体細胞が変化したために、

もはや普通の人間とは種が違うといっていい」

 硬い表情で答え、柳原博士は、晃と麻生の傍から、近くに倒れている尋香の傍らへと移

動した。

「来なさい」と、柳原博士は晃を手招いた。

 コリンの体をそっと床へ横たえると、晃は戸惑いながら柳原博士の横に立つ。

「死んでいるよ」と、柳原博士は尋香を見下ろした。赤い目を見開き、まるで蝋人形のよ

うに動かない尋香を、晃は見詰める。

「僕たち同様、人造人間である尋香たちも、能力を植え付ける目的で、レリア・D—iウ

イルスのRNAを一部の細胞の遺伝子に組み込み、人工的に異常を引き起こしている。そ

のため、やはり普通人とは種が異なる。従って、僕たちも尋香たちも、通常の人間とはバ

イオ・レゾナンスが、恐らく違う。当然ながら、君たちオリジナルの尋香も、僕たちや普

通人とは、もはや別種だ。奥平先生から話を聞いて、ある程度の仮説は立てていたが、君

の『声』は——実験データは全くないので、正確ではないが——多分、尋香たちには心肺

停止を、僕たち《羽化しても生き残った者》には、更なる進化をもたらした。しかも」

 柳原博士は唐突に言葉を切ると、晩春の、温くなり始めた夜気が流れ込む、壁の落ちた

天井を見上げた。晃と麻生も釣られて、柳原博士の目線を追う。

 と、特殊炭素合金の籠目の間から、夜空の一点に、鳥のように飛ぶ大きな物体があるの

が見えた。

 飛翔物体は、正面玄関の前庭の照明に照らされ、旋回しきらきらと煌めきながら、こち

らへと向かってくる。

 やがて、光る『大鳥』の正体が浅野であると、晃は気付いた。

 閉じ込められていた強化アクリルのサンプル用カプセルから、どうやって抜け出したの

か? また、どうして薄い膜のような羽根で、自在に空を飛ぶことができるのか?

 半日にも満たない時間で、様々な出来事が目紛しく起こり、晃の脳の処理能力は完全に

低下している。浅野の飛翔をどう捉えていいのか分からず、呆然としてしまった晃の目の

前へ、特殊炭素合金の籠目を巧みにすり抜けた浅野が、ゆっくりと降り立った。

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