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晃には、何がどうなったのか、もはや全く分からなかった。周囲も見えない。自分の
『声』すらも、聞こえない。
五感が封じられたような中で、一つだけ感じられたのは、『声』を出した瞬間、自分の
喉に走った、焼けるような痛みだった。鮮血が吹き出した。が、『声』は血液を吹き上げ
て迸る。
悲しみと怒りと悔恨が、噴水のように晃の内部に湧き続け、『声』を晃の喉から押し出
した。
どれくらいの時間、吼えていたのか? 肺の酸素を全て出し切った晃は、疲れ切り、が
くりと膝を床に着く。
空になった肺が空気を求めて、晃に深い呼吸をさせる。晃は、肩を揺らして息を吸い込
む。喉からまた出始めた血が呼気に混ざり、大きく咳き込む。
苦しさから、床面に額を擦り付け、両手で掻く。晃の額と指に、ガラスのような物質の、
細かい破片が刺さった。
喉以外の痛みを感じて、晃はやっと、自分がどこにいたのか、思い出した。手と額にめ
り込んだ破片を落とし、慌てて周りを見回す。
美しい籠目状の特殊炭素合金の骨組みを照らしていた、可動式のLEDアップライトも、
戦闘でなのか、全部が破壊されている。
正面玄関の前庭の照明で辛うじて確認できるアトリウム内には、五階までの壁面を成し
てた特殊加工アクリル板が、全て割れ落ちていた。晃の額と手先を刺したものも、特殊加
工アクリル板の微細に砕けた破片だった。
破片に埋もれるようにして、幾人もの人間が倒れていた。倒れた中に、白いウェット・
スーツ型の防護服を着た、尋香らしき人が混ざっている。
ならば、この細かな半透明の破片の中に、コリンが埋もれているはず——と咄嗟に晃は
思った。晃は夢中でコリンを探した。手の傷が増えるのも構わず、床の破片を掻き回す。
三人の尋香が折り重なるように倒れている脇に、大きな血溜まりがあった。白い防護服
を着た細い少女が、血の中に倒れていた。
一見すれば尋香と変わらない、眼下の少女がコリンだと、晃はすぐに分かった。
晃は、血塗れの細い体を、そっと抱き上げる。コリンの右腕は不自然な方向に捩れ、左
大腿部は深く切り裂かれていた。胸や腹も裂かれ、腸が飛び出している。
コリンは精神操作のための薬が切れている、と《TY—2》が言っていた。ならば、さ
ぞ痛かっただろう。痛みを堪え、尋香と戦った小さな体から飛び出した臓器を、晃は見詰
めた。
この臓器は、美鈴のものだ。また、自分の手から、妹は擦り抜けていってしまった。今
度はもう、二度と戻らない。
胸が、破裂しそうなほどに、痛い。晃は、もはや生き返ることはない小さな体を抱きし
め、声を上げずに泣いた。血に汚れたコリンの白い頬を、晃の涙が洗う。
いきなり肩を叩かれ、晃は驚く。反射的に止まった涙を手の甲で拭き、のろのろと顔を
上げると、脇に麻生が屈んでいた。
「思い切り壊したな」と、顔を歪ませる麻生の背を見て、晃は衝撃を受ける。
麻生の背中には、外套を突き破って、長い羽根が天を向いて伸びていた。
「麻生さん……、その、背中は?」
尋ねた声は、完全に嗄れていた。晃は、再び感じた痛みに、眉根を寄せ、目を瞑る。
「大丈夫か?」と、反対に麻生が心配そうな声で、聞き返してきた。
黙って頷く晃の肩を、また、ぽんっ、と、麻生は叩いた。
「どういう現象が起こってなったのか、よく分からんが、君が吼え出した途端、体中が沸
騰するように熱くなって——気が付いたら、羽根が飛べる形になっていた」