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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第八章 天に吼える
103/113

14

 八木の小声の悪態を聞きつつ、到着した玄関アトリウムに展開していた光景は、晃の想

像を絶していた。

 広い空間には、鮮血が床を染め、保安官たちの死体が、そこかしこに横たわっている。

 何が焦げたのか分からない黒い物体が、紺色、灰色の、敵味方双方の防護服を纏った死

体の間に転がっている。

 上の階から尋香が降りてきた、と、ほんの一〜二分前に八木を呼んだ特殊警邏隊員の姿

も、見当たらない。

 生きている者は——正面玄関の前にずらりと並んだ、およそ三十人の尋香だけだった。

 晃は恐怖と怒りで、その場に立ち竦んだ。

 八木は、エレベーター前に倒れていた、まだ息のあった特殊警邏隊員を見付け、抱き起

こした。

「おいっ! 何があったっ!?」

 八木の呼び掛けに目を開けた隊員は、血だらけの口を開いた。

「じ、んこうが……、いきなり……っ、うえ、か、らっ。あそ……う、さんたち、は、そ

と、へ……」

 事切れた隊員の目を、八木はヘルメットに手を入れ、閉じてやる。

 八木が隊員を見送っている間、コリンと同じ、白いウェット・スーツ型の防護服を着た

尋香たちは、身動ぎもせず、じっとこちらを見ていた。なぜ、動かないのか。晃は、コリ

ンとは似て非なる、無表情で不気味としか思えない、白髪の少女型の人造人間の集団を見

詰める。

 晃の隣に立ったコリンが、硬い表情で呟いた。

「指令を、待ってるんだ……」

「その通り」と、アトリウムの天井付近に取り付けられていたスピーカーから、《TY—

2》の声が響いた。

 晃は、思わず頭上を振り仰ぐ。げらげらと、例の品の悪い馬鹿笑いが、スピーカーから

聞こえた。

「折角、尋香の中でもとびきりの腕利きを揃えたんだ。君ら全員が揃わなきゃ、やっぱり

フィナーレは飾れないでしょ? ——ああ、そうだ、柳原博士?」

「なんだ?」と問い返した柳原博士に、《TY—2》は、笑いながら告げた。

「飯山さんは、たった今、お亡くなりになられました。僕が、ブレイン・メガ・コンピュ

ータ・システムとの接続を、切って差し上げたんだ」

 柳原博士の顔が、見る間に鬼の形相に変わる。

「おまえという人間はっ! 飯山知彦は、おまえの兄でもあるんだぞっ! それを……!」

「僕は、ただの影だ。僕に兄弟なんか、いない」

《TY—2》の声音が、アトリウム内を冷ややかに流れた。《TY—2》は感情のない平

坦な口調のまま、尋香たちに命令する。

「さあ、もういいよ。みんな殺して」

 尋香が、一斉に動き出す。八木と、残った特殊警邏隊員が、迎え撃つために走り出す。

 続こうとした晃の袖を、細い腕が捕まえた。

「なんでっ?」と怒鳴り、晃はコリンを振り返った。コリンは、涙を溜めた大きな赤い目

で晃を見詰めた。

「お兄ちゃんは、ここにいるみんなの希望なの。だから、こんなところで死んじゃ絶対い

けないの!」                                  

「でも、みんなが……」と言い掛けた晃の体を、コリンはどん、と突き飛ばした。人造人

間の強い力で押された晃は、よろけて後方の壁に背をぶつけた。

 その間に、コリンは尋香の輪の中へと走っていく。

 晃は、連れ戻そうと体を起こした。その腕を、今度は笠井元二等官と柳原博士が掴む。

 足掻く晃を、コリンが一度だけ振り返った。声はなく、ただその唇が「さよなら」と形

作った。

 晃の眼前まで迫った尋香たちのナイフが、コリンの体を切り裂く。

 血飛沫に塗れる愛しい姿に、晃の悲しみと怒りが膨れ上がった。激情は『声』となり、

天を揺るがす。

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