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「ラボは、五十二階と五十三階にあるの。サンプル・ラボは五十二階だから、間違いなく
そこに、浅野さんはいる」
コリンの赤い瞳が、LEDの薄明かりに強く煌めく。言外に、強い「助けに行け!」と
いう言葉を感じ取って、晃は「分かった」と頷いた。
『しかし』と、笠井元二等官が難色を示す。
『五十二階まで上がってしまうと、もはや逃げ道は、階下へ戻る以外に手がありません。
浅野くんを助け出せても、退路を塞がれてしまう可能性もあります。それに、そもそも五
十二階まで徒歩で上がるのは、メンバーの体力を考慮して、無理かと』
「五十二階まで——、上手くすれば、楽に行かれ——るかもしれません」
唐突に、飯山医師が話に入ってきた。
ブレイン・メガ・コンピュータ・システムの損傷が、相当に厳しく影響しているようだ。
飯山医師の音声は、がさつき、やや聞き取りにくくなり始めている。
「たった今——、公安特殊警邏隊のA隊とC隊が、《奇跡の羽根》のメンバー二十人と合
同で——、玄関アトリウムに突入しました。この機に乗じれ——ば、エレベーターに乗れ
るかもしれませんよ。エレベーターの制御——は、ブレイン・メガ・コンピュータ・シス
テムの、残りの——機能を駆使して、何とか僕が、——頑張りますので」
飯山医師の提案に、晃は即座に「行きましょう」と賛成した。
地下三階の攻防のどさくさで逃げ出した《YT—2》が、どこへ行っていて、何をする
か、皆目わからない。
勇んで階段を上り出した晃を、笠井元二等官が『待って!』と呼び止めた。
『監視カメラの映像が……、アトリウムの防災用扉が、開く——!』
笠井元二等官の切迫した声と、上階からの戦闘による激しい物音が交錯した。
階段を下りてくる靴音がする。晃たちは急いで、上からは死角になる、左の壁に背を付
けた。先頭の笠井元二等官が、弟の形見となった小型荷電粒子銃を構える。
が、笠井元二等官は、すぐに銃を下ろした。
「日野っ! 笠井っ! そこにいるかっ?」
八木の声だった。「俺はここっす!」と、晃はすぐさま答えた。
程なく、上からウェット・スーツ型の青い防護服に、あちこち荷電粒子銃の焦げ痕をつ
けた八木と、数人の特殊警邏隊員が降りてきた。
晃は、数時間振りに八木の顔を見てほっとした。八木は表情を凍り付かせ、晃を無視し
て、真っすぐに笠井元二等官の前へと立つ。
「由利香……か?」半信半疑、といった八木の問いに、笠井元二等官は『はい』と、頷い
た。
『長い間、連絡をせずに申し訳ありませんでした。《奇跡の羽根》のメンバーを通して、
幾度か課長にご連絡をと思ったのですが……』
「いいっ!」八木は、叩き付けるように叫んだ。
「そんなことは、いい。生きてくれていたのなら……」
涙で掠れた八木の声など、晃はこれまで一度も聞いたことはなかった。零れぬようにか、
八木は口を真一文字に結び、天を仰ぐ。
やはり感極まった様子の笠井元二等官は、流せぬ嬉し涙の代わりにそっと、八木の手に
己の手を触れた。
「感動の再会に水を差して申し訳ないが」と、柳原博士が、場を現実へと引き戻した。
「どうして、僕たちがここにいるとわかったんだ?」
八木はぐいっ、と拳で目元を乱暴に擦り、柳原博士へ向き直った。
「四課の連中がアトリウムに詰め出したんで、恐らく日野たちがメイン・コンピュータ・
ルームのある地下のどこかに閉じ込められてるだろうと踏んだんです。C隊と、麻生たち
とも合流できたんで、突入しました」
不意に上の階から、切迫した声が八木を呼んだ。
「上から尋香が降りてきましたっ!」
八木が、即座に階段を駆け上がる。晃たちも、八木に続いた。
足が不自由な柳原博士は、特殊警邏隊員の一人の肩を借り、最後尾で上った。
「麻生たちと協力して、漸くアトリウムの五人は片付けたのにっ! あいつら、叩いても
湧いて出るとは、害虫並だなっ」