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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第八章 天に吼える
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 拳を握り、悔しくて己の膝を叩いた晃の腕に、コリンの細い手がそっと乗った。

「私が……、もっと頑張ってこっちまで支えて来ていれば……」

 晃が覗くと、俯いたコリンは、今にも泣き出しそうに唇を噛んでいる。

 兄妹喧嘩をした時に、負けて悔しくて、だが、泣きたくなくて涙を堪えていた、きかん

気の美鈴と、全く同じ表情である。

 愛しい妹が、ここにいる。晃は「美鈴」と妹の名を呼び、コリンの白髪の頭を胸に抱き

寄せた。

「おまえのせいじゃない。おまえは、よく頑張った。……仕方なかったんだ」

「お兄ちゃん」と、涙声で、コリンが晃の胴に両腕を回す。

 笠井元二等官が、晃と、晃の胸に顔を押し付けて泣いているコリンの傍へ近寄り、膝を

付いた。

『お兄さんの言う通り、あなたは最後まで享を——私の弟の、笠井三等官の救助に当たっ

てくれました。ありがとう』

 笠井元二等官の声は泣いていた。が、スクリーン・グラスの隙間からは、なぜか涙は流

れていない。

 疑問が顔に出てしまったようだ。笠井元二等官は、ゆっくりとした口調で、晃に語った。

『眼球と視神経を頭部の移植手術の時に損傷してしまった私には、弟のために泣きたくと

も、もはや涙は出ません。でも、こうして美鈴さんが、私の代わりに泣いてくれました』

 笠井元二等官は、優しい手付きでコリンの髪を撫でた。涙で濡れた顔を上げ、コリンは

笠井元二等官に、黙って頷く。

『急ぎましょう』と、笠井元二等官は気持ちを切り替えるように、すっと立ち上がった。

『現在は、玄関アトリウムの防災用扉も閉鎖されているため、地下階の非常階段は一応は

安全ですが、敵がどんな手段でここへ侵入してくるか、判断ができません』

 凛とした口調に、柳原博士も頷いた。

「そうだね。……兄さんの気力が続くうちに」

 飯山医師を生かしているブレイン・メガ・コンピュータ・システムは、先程の晃たちと

二課の保安官との戦いで、多大な損傷を受けてしまった。

 コンピュータの稼働率が落ちれば、その分、飯山医師の生存確率も下がる。

 晃は、青白い顔で立ち上がった柳原博士を見上げた。

「兄さんとブレイン・メガ・コンピュータ・システムとの融合率は、恐らく、六十パーセ

ント以上だろう。もう、連れ出せる状態じゃない。ならば僕たちは、兄さんが存命なうち

に、センターを抜け出さなきゃいけない」

 硬い声からは、笠井元二等官と同じ、兄弟を失う強い悲しみが感じ取れる。

 晃も過去に味わった、理不尽に若い家族を亡くす悲しみを、できればもう二度と、他の

誰かに味わわせたくはない。そのために自分に何ができるのか、晃にはまだ分からない。

自分が生きて動いていれば、光は必ず差すと、信じたい。

 希望の光を呼び込むためにも、晃には逃げ出す前に、あと一つ、絶対に果たさなければ

ならない義務があった。

「状況が悪化してるのは分かってるけど、逃げるなら、浅野を助け出さないと」    

 大学を退学した晃を、浅野は何かと心配してくれた。コリンの身柄も、自身に危険が及

ぶのも構わず、家族ぐるみで引き受けてくれた。

 何より、命懸けで晃と共に、ここまで来てくれた。大事な親友を、置いて逃げるなんて

真似は、晃には断固できない。

 晃は、強く笠井元二等官を見詰めた。

「浅野さんなら、五十二階のラボよ」

 笠井元二等官が口を開くより先に、コリンが晃に伝えた。

……気が付いたら、100話を超えていました。


1部が短いので、そうなってしまったのですが。


「空を飛ぶ」は、まだもう少し続きます。


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