表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を飛ぶ  作者: 林来栖
第一章 空に歌う
1/113

1

この小説には残酷な描写がありますので、15歳未満の方の閲覧は禁止させていただきます。

また、15歳以上の方でも、そういった描写の苦手な方は、申し訳ありませんが、お読みにならないでください。

 傾いた高層ビルが切り裂いた空に、歌声が駆け上がっていく。

 塔経市の中心地、真樹区。二百年前にレトロ・ウイルスの一種レリア・ウイルスの大流

行によって廃墟となったこの場所には、現在でも夥しい数の当時の感染者の遺体が、高層

ビルの地下に眠る。

 かつて真樹区は、ビジネス街として活気に満ち溢れていた。現在はその片鱗もない。ま

ともに暮らす人々は、この場所を死都とも呼び、決して近付こうとはしない。

 まさしく墓標としてそびえ立つ、当時のままのクリスタルのビル群の間を、晃のよく通

るハスキーボイスの高音が、すり抜ける。

 二十一歳という年齢の青年にしては小柄で華奢な体全体を、晃はリズムに合わせて揺ら

す。中奥区で今人気の若手歌手に似ているとよく言われる整った顔立ちを囲む長髪が、ビ

ルを支えるかのように生えた大木の緑を揺らす風に掬われる。

「いつ聞いてもいい声だねえ」

 すっかり馴染みになった浮浪者の老人が、古ぼけて垢染みた長い外套を引きずるように

近付いて来る。晃の立っている、崩れた野外ステージの周囲には、老人と同じような格好

の浮浪者が四、五人座っている。                         

 晃は淡々と歌い続ける。いつも歌うのは同じ曲だ。一年前、エアカーの事故で死んだ妹

の美鈴が好きだった、スカイボーイの『空を飛ぶ』。

 妹は、晃の声が好きだと言っていた。聞いていると落ち着く、と。

「歌詞がいいよな、スカイボーイは」

 南の端の階段に座っている、髭面の浮浪者が嗄れ声で呟いた。

「『僕の想いは翼を広げ、蔦の這う大地の上を自由に飛び回る——』」

「俺らの気持ちだよ、まさに」

 髭の近くに座っていた、茶色の外套の男が笑った。

 歌詞の通り、塔経市の周囲は一面オオトゲアレチウリという蔓植物が這う荒野である。

 漢字表記すれば大棘荒地瓜となるこの植物は、実と葉に鋭く大きな棘があり、擦れれば

薄い鉄板さえ引き裂いてしまう。人がオオトゲアレチウリの密生した群落の中を歩くのは、

まず不可能だ。

 荒野に点在する街々を繋いでいるのは、低空を飛ぶエアカーのみだった。

「俺たちには、エアカーに乗る金もないしな」

「この街から出られるのは、気持ちだけ」

「晃の声は、わたしらを空へ連れてってくれる」

 老人のしみじみとした声に、髭面と茶の外套の男が空を仰ぎ、頷いた。

 最後のフレーズを繰り返し、晃は声を収める。ここで歌うのは、場所柄ほとんど人がい

ないからだった。

 だが晃の歌声を気に入った浮浪者たちが、最近ではこうして聞きに来るようになった。

人に聞かせようと思って歌っているわけではないが、それでも手放しで褒められれば嬉し

い。

 照れくささに片頬で笑みを作りながら、晃は「ありがとよ」と小さく言った。

「なに。あんたが礼を言うことじゃないさ。俺らが勝手にあんたの歌を好きなだけだ」

 髭面が、人懐っこく笑う。

「そう。それに、おまえさんの『声』は、わたしらにとって、一種の薬だ。聞くと体が楽

になる。絶対、寿命が十年は延びとる」

 老人はおどけた表情で片目を瞑ると、「よっこらしょ」と立ち上がった。

「さて。今夜は、どこの別邸で寝るとするかな」

 晃はふと空を見上げる。春とはいえ、塔経市周辺はまだ日の暮れが早い。薄く西に掛か

った雲に、太陽はすでに半分隠れていた。

 晃は慌てて、黒い合皮パンツのベルトにチェーンで下げたアナログ・ウォッチを見た。

「あ、まずい。そろそろ時間だわ。んじゃまた」

 晃はハーフサイズの灰色の外套の裾を翻し、野外ステージの上から飛び下りた。背後か

ら、浮浪者たちが「またな」と声を掛ける。

 顔半分だけ振り向いて、晃は彼等に片手を挙げた。


自分としては、初めてのSFらしい物語です。


ちょっと地味めの展開になってしまったかもしれませんが・・・


最後までお読みいただければ、嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ