第7話 崩れ始める完璧
チャイムの音が、
佐伯慎一の眠りを引き裂いた。
「……誰……?」
まだ頭がぼんやりしている。
昨夜は、泥のように眠った。
いや、眠りに逃げ込んだ。
玄関へ向かう足取りは重かった。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感がする。
ドアを開けた瞬間——
「佐伯慎一さんですね。
殺人の容疑で逮捕します。」
刑事が二人、
無表情で立っていた。
佐伯は、
その場で固まった。
——なぜ?
——完璧だったはずなのに?
——何が……?
頭が真っ白になった。
「ちょ、ちょっと待ってください……
な、何の……?」
声が震えている。
膝も震えている。
刑事は淡々と告げた。
「昨夜、村井和也さんが死亡しました。
あなたが関与した疑いがあります。」
佐伯の心臓が跳ねた。
——終わった。
——バレた。
——なぜ……?
手錠がかけられる。
冷たい金属が手首に触れた瞬間、
佐伯の身体が震えた。
「ま、待って……違う……違います……!」
声は裏返り、
涙が滲んだ。
だが、
刑事たちの表情は変わらなかった。
***
警察署の取調室。
蛍光灯の白い光が、
佐伯の顔を照らしている。
机の上には、
昨夜の路地の写真が並べられていた。
村井の倒れた姿。
血の跡。
路地の影。
佐伯は、
その写真を見た瞬間、
吐き気を覚えた。
「……違う……俺じゃ……」
刑事が静かに言った。
「佐伯さん。
あなたがやったんですよね。」
その声は、
責めるでもなく、
怒るでもなく、
ただ淡々としていた。
それが逆に恐ろしかった。
「ち、違います……俺は……」
「では、昨夜のあなたの行動を説明してください。」
佐伯は口を開いたが、
言葉が出なかった。
——どうする?
——アリバイは?
——SNSの予約投稿は?
——完璧だったはずだろ?
頭の中で、
準備編のすべてが高速で再生される。
だが、
そのどれもが、
今は頼りなく感じた。
「……家に……いました……」
刑事は、
佐伯の目をじっと見た。
「本当に?」
その一言で、
佐伯の心が揺らいだ。
——嘘だと思われている。
——バレている。
——何か証拠があるんだ。
恐怖が、
佐伯の喉を締め付けた。
「……はい……」
声は震えていた。
刑事は、
机の上の資料をめくりながら言った。
「あなたの“行動記録”が、
現場付近での移動を示しています。」
佐伯は息を呑んだ。
——行動記録?
——スマホは電源を切った。
——GPSもオフにした。
——位置情報は残らないはずだ。
「な、何の……記録ですか……?」
刑事は、
淡々と答えた。
「詳しいことは後で説明します。
まずは、あなたの昨夜の行動を——」
佐伯は、
その言葉を聞きながら、
頭の中がぐらぐらと揺れた。
——何だ?
——何が残っていた?
——俺は何を見落とした?
完璧だったはずの計画が、
音を立てて崩れていく。
***
取り調べは続いた。
刑事は、
佐伯の表情、
声の震え、
視線の動きを、
すべて観察していた。
佐伯は、
嘘をつこうとするたびに、
喉が詰まり、
言葉が途切れた。
凡人は、
嘘をつくのが下手だった。
「佐伯さん。
あなたは昨夜、
村井さんの後をつけましたね。」
「つ、つけてません……」
「では、なぜあなたの“移動記録”が、
村井さんの帰宅ルートと一致しているんですか?」
佐伯は、
その言葉に凍りついた。
——移動記録。
——移動記録。
——移動記録。
頭の中で、
その言葉が反響した。
「……俺……スマホ……電源……切って……」
刑事は、
静かに首を振った。
「スマホの話ではありません。」
佐伯の心臓が跳ねた。
——スマホじゃない?
——じゃあ何だ?
——何が俺を裏切った?
刑事は、
机の上に一枚の写真を置いた。
それは——
佐伯の“ある持ち物”の写真だった。
佐伯は、
その写真を見た瞬間、
血の気が引いた。
——まさか……
——そんな……
——そんなくだらないもので……?
刑事は言った。
「あなた、これ……
昨日も持っていましたよね?」
佐伯は、
震える声で答えた。
「……はい……」
刑事は、
淡々と告げた。
「これが、
あなたの“決定的証拠”です。」
佐伯の視界が揺れた。
——そんな……
——そんな馬鹿な……
——俺の完璧な計画が……
——こんなもので……?




