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完全「有」欠  作者: 双鶴


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第6話 闇に落ちる音

村井が、路地の中央を歩いてくる。


スマホの画面を見ながら、

鼻歌を歌い、

まったく周囲に注意を払っていない。


佐伯慎一は、

闇の中で息を潜めていた。


手の中の工具が、

汗で滑りそうだ。


——今だ。

——やるしかない。


だが、

足が動かなかった。


膝が震え、

心臓が喉の奥までせり上がってくる。


「……怖い……」


その呟きは、

自分でも聞こえないほど小さかった。


村井が、

佐伯の目の前を通り過ぎようとした。


その瞬間——


佐伯は、

反射的に身体を動かした。


闇から飛び出し、

村井の背後に回り込む。


村井が驚いて振り返る。


「……え? 誰——」


言葉が終わる前に、

佐伯は工具を振り下ろした。


乾いた音が、

路地に響いた。


村井の身体が、

ぐらりと揺れた。


佐伯は、

震える手で村井の口を塞ぎ、

もう一度、

そしてもう一度、

工具を振り下ろした。


「……っ……!」


村井の声は、

佐伯の手の中で消えた。


やがて、

村井の身体は力を失い、

ゆっくりと地面に崩れ落ちた。


佐伯は、

その場に立ち尽くした。


呼吸が荒い。

手が震えている。

視界が揺れる。


——終わった。

——やった。

——本当に……やった。


だが、

安堵は一瞬だった。


次の瞬間、

恐怖が全身を襲った。


——誰か見ていた?

——音を聞かれた?

——監視カメラは本当に死角だった?


佐伯は、

周囲を見回した。


路地は静かだった。

人影はない。

店の扉も閉まっている。


だが、

その静寂が逆に恐ろしかった。


「……早く……早く……」


佐伯は、

震える手で工具を分解し、

ポケットに押し込んだ。


村井の身体を、

路地の端へ引きずる。


重い。

思った以上に重い。


汗が額から流れ落ちる。

手が滑る。

息が切れる。


——こんなに重いなんて……

——こんなに時間がかかるなんて……


凡人の計画は、

現実の重さに押し潰されそうだった。


ようやく、

村井の身体を影の中に押し込むと、

佐伯は立ち上がった。


足が震えている。

視界が揺れる。


「……逃げないと……」


佐伯は、

路地を走り出した。


足音が響く。

呼吸が荒い。

心臓が破裂しそうだ。


——誰か来る?

——誰か見てる?

——警察が来る?


恐怖が、

佐伯の背中を押した。


***


路地を抜け、

大通りに出ると、

人の気配が一気に増えた。


会社帰りのサラリーマン。

買い物帰りの主婦。

カップル。

学生。


そのすべてが、

佐伯には“監視者”に見えた。


——見られている。

——気づかれている。

——俺がやったと分かっている。


佐伯は、

視線を逸らしながら歩いた。


足が震えている。

呼吸が浅い。

汗が止まらない。


だが、

誰も佐伯に気づかなかった。


それが逆に恐ろしかった。


——本当に……バレてないのか?


***


駅に着くと、

佐伯はトイレに駆け込んだ。


個室に入り、

鍵を閉め、

便座に座り込んだ。


手が震えている。

足が震えている。

呼吸が荒い。


「……怖い……怖い……」


涙がこぼれた。


——本当に……やってしまった。


その事実が、

佐伯の胸を締め付けた。


だが、

泣いている暇はなかった。


佐伯は、

震える手でポケットから工具を取り出し、

ビニール袋に入れ、

さらに新聞紙で包み、

さらにジップロックに入れた。


何度も何度も確認した。


——指紋はない。

——汚れはない。

——問題はない。


だが、

心は落ち着かなかった。


「……帰らないと……」


佐伯は個室を出て、

駅のホームへ向かった。


電車が来る。

ドアが開く。

人が乗り込む。


佐伯も乗り込んだ。


車内の人々が、

全員“自分を疑っている”ように見えた。


——バレた?

——気づかれた?

——俺の顔に何か出てる?


佐伯は、

視線を下に向けた。


手が震えている。

膝が震えている。


電車が揺れるたび、

心臓が跳ねた。


***


自宅に着くと、

佐伯はすぐにシャワーを浴びた。


何度も何度も身体を洗い、

爪の間まで確認し、

髪を洗い、

顔を洗い、

また身体を洗った。


「……大丈夫……大丈夫……」


呟きながら、

シャワーの水に顔を埋めた。


だが、

心は落ち着かなかった。


シャワーを止め、

鏡を見ると、

そこには“犯行直後の男”の顔があった。


目が赤い。

頬がこけている。

唇が震えている。


「……終わった……」


呟いた瞬間、

全身から力が抜けた。


佐伯は、

ベッドに倒れ込んだ。


——終わった。

——これで終わりだ。

——完璧だった。

——バレるはずがない。


そう自分に言い聞かせながら、

ゆっくりと目を閉じた。


そして、

深い眠りに落ちた。


***


だが——

翌朝、

チャイムの音で目が覚める。


玄関を開けると、

刑事が立っていた。


「佐伯慎一さんですね。

 殺人の容疑で逮捕します。」


佐伯は、

その場で固まった。


——なぜ?

——完璧だったはずなのに?


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