第3話 凡人の限界
決行の2日前。
佐伯慎一は、会社のトイレの個室に閉じこもり、
便座に腰を下ろしたまま、両手で顔を覆っていた。
——息が苦しい。
——胸が痛い。
——なんでこんなに怖いんだ。
個室の狭さが、まるで自分を押し潰すようだった。
額から汗が流れ、手のひらは湿っている。
呼吸は浅く、喉がひりつく。
「……大丈夫……大丈夫……」
何度も呟くが、
声は震えていた。
凡人が、完璧を求めすぎて壊れかけていた。
トイレから出ると、
廊下の向こうから村井が歩いてきた。
「お、佐伯。顔色悪いな。大丈夫か?」
その声に、佐伯の心臓が跳ねた。
——バレた?
——何か気づかれた?
村井はただの世間話のつもりだった。
だが、佐伯には“尋問”に聞こえた。
「だ、大丈夫……です……」
声が裏返った。
村井は笑った。
「お前、ほんと弱ぇなぁ。もっと図太くなれよ」
その言葉が、佐伯の胸に深く刺さった。
——弱い。
——図太くなれ。
——お前は凡人だ。
その言葉が、佐伯の決意をさらに固めた。
その日の帰り道。
佐伯は、決行現場となる路地に向かった。
夜の街は冷たい風が吹き、
街灯の光が路地を斑に照らしている。
佐伯は、路地の中央に立ち、
深呼吸をした。
——ここでやる。
——ここで終わらせる。
だが、足が震えていた。
膝が笑い、手が冷たくなっていく。
「怖い……怖い……」
呟きながら、
彼は路地の奥へ歩いた。
その途中、
突然、背後から足音がした。
佐伯は反射的に振り返った。
——村井か?
——警察か?
——誰だ?
だが、ただの酔っ払いだった。
男は佐伯の横を通り過ぎ、
ふらふらと歩いていった。
佐伯は胸を押さえ、
その場にしゃがみ込んだ。
「……こんなんで……本当にできるのか……?」
凡人の限界が、
じわじわと迫っていた。
翌日。
決行前日。
佐伯は、会社のデスクで震えていた。
パソコンの画面が二重に見える。
手が震えてキーボードが打てない。
同僚が心配そうに声をかけた。
「佐伯さん、今日ほんとに具合悪そうですよ。帰ったほうが……」
「だ、大丈夫……です……」
大丈夫ではなかった。




