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悪魔たちの聖域

国連安全保障理事会の「特別協議室」。

防音完備のこの部屋は、表の議場では決して許されない本音の取引が行われる場所だ。


中央の円卓には、常任理事国(P5)の5つの国旗が並んでいる。アメリカ代表のミラーは、手元の国連憲章を指先で弾きながら、他の代表たちを見渡した。


「そろそろ始めましょう。今日の議題は、各国の領分についてだ」


ミラーの声に、誰も顔を上げない。

「まずは我が国アメリカだ。ベネズエラへの直接介入は予定通り進める。元首を直接拘束し、国内法で裁く。これを主権侵害と呼ぶ声もあるが、我々にとってはただの治安維持だ。ギャングのボスを捕まえるのに、いちいち国際法の許可は要らない」


隣に座るロシア代表が、冷淡に言った。

「アメリカがそうするというならば、我々のウクライナでの行動も自由なはずだ。武力で国境線を書き換えることを侵略と呼びたければ呼ぶがいい。我々はただ、かつての自国領を取り戻しているに過ぎない。批判は拒否権で封じ込めれば済む話だ」


「我が国の問題も同様です」

中国代表が静かに付け加えた。

「台湾海峡の状況はあくまで内政問題だ。軍事的な威圧も、周辺海域への進出も、すべては国内の秩序維持に含まれる。他国がこれを覇権拡大と呼ぶのは、我々の内政に対する不当な干渉だ。我々はただ、自分たちの定義に従って動いている」


ミラーは視線を移した。そこにはイギリスとフランスの代表が、静かに座っている。

「イギリス、フランス。君たちはどうだ。シリアなどへの介入を続けながら、表では人道支援を説く。その使い分けにはいつも感心するよ。道徳的な上位層を気取りながら、実利は決して手放さない」


「……ミラー、アメリカ如きの癖に、言葉が過ぎるのではないか」

フランス代表が短く返した。


「事実を言っているだけだ」

ミラーは立ち上がり、窓の外を見下ろした。議場へ向かう日本やドイツの代表たちが、律儀に書類を抱えて歩いている。


「見ろ。あの敗戦国たちは、今も国際法を遵守し、武力行使を控え、巨額の分担金を払っている。彼らが必死に守ろうとしている秩序を、我々が裏側から切り刻んでいる。これほど滑稽な構図はない」


ミラーは手元の国連憲章を机の端に押しやった。

「我々は世界の警察ではない。自分たちだけは絶対に裁かれないという特権を持った、世界最大の武装集団だ。今日もまた、誰かの主権を踏みにじり、それを正当化する演説を考えなければならない‼︎」


部屋に沈黙が流れた。それは否定ではなく、あまりに当然の事実を確認した後の沈滞だった。


その時、ミラーの視界が急に暗転した。


「——三浦さん。三浦さんってば」


肩を叩かれ、三浦は顔を上げた。 そこは国連の協議室ではなく、地方都市の古い警備員詰所だった。 机の上には、読みかけの『2026年・国際情勢の展望』という新書と、冷え切った缶コーヒーがある。


「また寝てたのかい。昨日の夜勤が響いてるね」 同僚の言葉に、三浦は自分の顔を撫でた。ミラーという名の外交官だった記憶が、急速に色褪せていく。


「……ああ、悪い。変な夢を見ていた」


テレビからは、ベネズエラへの米軍介入と、ウクライナ侵攻の継続、そして台湾周辺での軍事演習を伝えるニュースが、淡々と流れていた。 夢の中で自分が放った言葉が、ニュースの中の現実と冷酷に一致している。


三浦は立ち上がり、ヨレヨレの警備員制服を整えた。

「さあ、仕事に行くか」

彼は誘導灯を手に取り、スーパーの駐車場へと向かった。 世界を動かす特権も拒否権もない、ただの男としての日常がまた始まる。

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