6話
日の出ている時に街へ赴くのは、何年ぶりだろうか。
普段は家にやってくる商人から生活費必需品を買っているため、街へ出る必要は無い。
数年ぶりにかつて暮らした町での観光ということで足取りは浮いていた。
だが、思いのほか変化らしい変化はなく、直ぐに退屈してしまう。
「一体何のつもりですか」
ヴェラに袖を掴まれたロジーナは言った。
「部屋で寝たきりだとつまらないだろうって。気分転換よ」
「寝かせて貰った方が楽なんですが」
「折角私が気前よく連れてきたというのに……」
そう言いながらヴェラは細くなった手を引き、ロジーナを街中連れ回した。
だが、どれだけ配慮のない発言をしても、体力を使わせても、恨み言一つ言う気配がない。
もう少し、もう少し。
いくら無理を強いても、ロジーナは表情を変えることはなかった。
ただ、少し顔を青くするだけ。
「つまらないわ」
夕暮れ時、売店で買った焼き菓子を食らい、ヴェラは言う。
「そうですか」
「だって、眉一つ動かさないんですもの。
顔色は変わるけど」
「はぁ……」
抑揚のないロジーナの言葉に、ヴェラは再び機嫌を損ねる。
大げさなため息が一つ吐かれた、その時だった。
「……い。おい、お前!」
「ん」
遠くから、男の声がした。
見ると、大柄な影が数人こちらに向かってやってくる。
彼らの胸には、ギルドが配布する職人専用のバッジが誇らしげに輝いていた。
「……あの人たち、お知り合いですか」
「ん、ああ。昔ギルドで揉めていた奴ら。
相変わらず間抜けな面ね」
「聞こえているぞヴェラ!」
四人の男が、二人を取り囲むようにして壁を作る。
どうやらギルド時代の鬱憤が未だ晴らせていないらしい。
今にも額の血管がはち切れそうな勢いだ。
「なぜこの街にいる。
二度と帰ってくるなと親方が言っただろう」
「はあ、そうだったの。
私の行動を制限するなんて、そんな権限持っていたかしら?」
「テメェ!」
一人が拳を振り上げた。だがヴェラが指を弾くだけで簡単に弾き飛ばされてしまう。
だが直ぐに立ち上がり、ふらりと殺すような視線を向けた。
「貴様……もう許さねぇ、ボコボコにしてやる!」
「あっ、そう。好きにすればどうぞ。
じゃあ、私達はもう帰るわね」
ヴェラの艶やかな黒手袋が、ふわりと円を描く。
それは、圧倒的だった。
瞬時に男達の体は吹き飛び、道が開けていく。
「行こうロジー。
むさ苦しい奴らに囲まれては気分も優れないでしょう」
「……」
ぴくりとも動かない男達を尻目に、ロジーナは一人先行くヴェラの後をついていく。
「ロジー。今日の夕飯は外食にしましょう。
とびきり美味しいものを食べるの。
私はそうね……ステーキがいいわ。
チキンも悪くない。
油たっぷりで満足するものが……」
ヴィラが振り向いた。
瞬間、目の前に広がる光景に絶句した。
先ほど吹き飛ばしたはずの男の一人が、ロジーナの背に回り込み、彼女の脇腹にナイフを一つ差し込んでいる。
小さく開かれた口から、途切れ途切れの息と唾液がこぼれ落ちていた。
「は……」
「はははは! ざまぁねぇな。
代わりにこの女に死んで……」
「は」
瞬間。
切れるような、凍てつくような静寂が周囲を満たす。
そして、曲がった。それが曲がった。
「お前が死ね」
ヴェラは掌を正面へと向け、勢いよく握った。
同時に男の頭も潰れるようにしてはじけ飛ぶ。
汚らしい水音と肉の崩れ落ちる音。
本来ならば一刻も早くこの場を立ち去りたかったヴェラだが、意識する間もなく体はロジーナの方へと向かう。
脇腹を刺されたことと、元より体調が優れなかったことも相まって、細い体は木の葉のようにふわりとよろめく。
その体が地に着く前に、ヴェラは抱きしめるように受け止めた。
ロジーナは弱々しく微笑む。
「……せいせいするんじゃ、ないですか。自分を殺そうとする女が死んで」
「本当に愚かな女。
ただでさえ弱いくせに強がって」
冷や汗で張り付いた黒髪を、手で払いのけてやる。
呼吸はまばらだが、手当てすればどうにか間に合うだろう。
「もう少しその足りない頭を捻ってみなさい」
止めどなく流れる血液に触れた。
生暖かく泥濘んだそれに指を差し込む度、ロジーナの顔が歪む。
そして、どす黒かった瞳が、憎悪の光を帯び始めた。
「いっ……」
「ただの止血。
我慢して頂戴」
これだ、私の求めていたものはこれだ。
みるみるうちに頬が緩むのが解る。
あまりにも歪で、あまりにも純粋な感情がヴェラの心に満ちる。
「ああ、ふふふ……いい。
これがいい」
徐々に広がる路上の血液。少しづつ周囲に人が集まりはじめた。
自警団が到着するその時まで、ヴェラはひしと愛しい女を抱きしめるのだった。




