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彼女の瞳は魔女のもの  作者: 内海郁


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5話

 あの日から数日、ロジーナは急に大人しくなった。

 毎日性懲りなく刃向かってきたのに対し、一度も暗殺にやってこない。

 出される食事に毒物の類いが混じることもなく、ただただ美味しいだけ。

 家事のない時間も、一人窓辺に座って趣味だと言っていた薬草の調合や刺繍に勤しむばかり。


 久方ぶりの平穏な日常がやってきたわけだが、当のヴィラは不満だった。

 理由は他でもない、ロジーナから向けられる憎悪の視線を見られなくなったからだ。

 生まれて初めて感じた、心臓を貫くような激情を味わうことができなくなって仕舞い、苛立ちが募る。


 向こうから見せてくれないのなら、こちらから引き出すほか方法はない。


「ロジー。可愛いロジー」


 裁縫をするロジーナを後ろから抱きしめた。

 一瞬ピクリと肩を震わせたが、直後何もなかったかのように針を運ぶ。


「なあ、以前のように殺しに来てはくれないの? 寂しいよ」


「……ここのところ、体の調子が悪いのです。

 それに、私は貴方を喜ばせるために生きている訳ではありませんので」


 淡々と答えるロジーナ。

 口調まで変わってしまっている。

 ヴィラの下瞼がピクリと動く。


「つまらない。

 つまらない、つまらないつまらない!」


 小さな山小屋に怒声が響く。


「何だ。なんだ! 折角楽しくなってきたと思ったのに。

 やっと、面白くなってきたのに!」


「……」


「ねえ、何か言って。言いなさいよ!

 殺してやるって、魔女って、悪魔って!

 抵抗してみたらどうなの!」


 ロジーナの白い首を指で締める。

 未だ残る歯形の感触が、指の腹越しに生々しく伝わる。


 喉笛を潰すように、力を入れた。

 殺すためでも、意識を奪うためでもない。

 ただ純粋に苦しめるためだけの締め方だ。

 ロジーナは最初こそ平然を保った表情をしていたが、いつしか酸欠に陥り、藻掻くように咳き込んだ。


「あ……っがっ!」


 心臓を締め付ける嗚咽が、堰を切ったように溢れだした。

 体を丸め、揺れる背を見下ろす。


 違う。私の見たいものはソレじゃない。


 小刻みに震えるロジーナの肩を引いた。

 髪の隙間から見える白い顎を掴み、無理矢理視線を向けさせる。


「……、っは」


 瞬間、だった。ヴェラは現れた瞳の色に落胆する。

 映していたのは、憎悪でも、怒りでも、絶望でも何でも無い。

 ただの虚無だった。

 何も映っていない。

 何の感情も感じ取れない。

 剥製のような虚ろな瞳。


「つまらない」


「そうですか」


 まるで他人事のようにロジーナは、再び裁縫作業へと戻る。


 一人残されたヴェラは、腹の底からせり上がる不快感に打ちのめされる。

 ロジーナからの行動がなくなってから数日間、ふつふつと煮詰まりつつある不満の固まりは、ヴェラ自身に想像以上のストレスを与えた。


 何故。何故こんなにも、この女に苦しめられなくてはいけないんだ。


 キッチンの皿を一枚、床にたたきつける。

 内に渦巻く暴力性を、少しでも排出しなくては頭がおかしくなりそうだった。


「止めてください。掃除に手間取ります」


 色のない、渇いた言葉。

 ソレが自分に向けられているうれしさと、感情のない空虚な言葉に狂いそうだった。


 どんな仕打ちを与えても、ロジーナは変わることがなかった。

 何をしても渇いた反応しかなく、以前のような憎悪はおろか、感情の片鱗すら見せることもなくなった。

 同時に体も衰弱していき寝込むことも多くなった。


 いずれこの女は死ぬ。


 今まで、いくらかの人間の死を見てきたヴェラは直感した。

 一度は医者を呼ぼうと、日の暮れかけた時間、飛び出すこともした。

 だが過去に何度も問題を起こした女の言葉を信じる医者はなく、ヴェラはただ日に日に死へと近づく彼女を見つめることしかできなかった。


「別に、看病しろと頼んだ覚えはありません……首を絞めるほど目障りなんでしょう?

 外に放り出して野犬の餌にでもすれば良いのに」


 ある夜、ロジーナは言った。

 丁度、昼間に気を失い、倒れてしまった時の事だ。

 薬を飲ませ、体を洗い、丁寧に寝かせた途端にこの言葉だ。

 ヴェラは思わず眉間に皺を寄せた。


「貴方の苦しむ顔が見たい。

 けれど、死ぬのを見たいわけじゃないの」


「酔狂なこと」


 ロジーナのあざ笑う言葉にすら、感情はなかった。


 どうすればいいのか。

 彼女が再び自分に憎悪を向けるには、何がもっとも効果的なのだろうか。


 考え抜いた結果、ヴェラはロジーナを外に連れ出すことにした。

 病んだ体に外出は毒だと解っていたが、彼女の回復を待てるほどヴェラは利口ではなかった。

 むしろ、体調が悪化して本性がさらけ出されるかも知れない、と企んでもいた。



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