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彼女の瞳は魔女のもの  作者: 内海郁


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3/7

3話

 けろりとした顔で血濡れる女の足下には、愛する恋人が横たわっていた。

 腹部を刺され、流れ出た血液が絨毯を真っ赤に染め上げている。

 その時、ロジーナは直感した。


 装幀師だ。


 迫害の対象となる獣の病だが、彼等の体は強大な力を持つ『魔書』なる魔術道具の原料になる。

 故に罹患者は、少なくともこの欧州では、その身を狙われ続ける運命にある。

 ロジーナたちが住居に森小屋を選んだのも、人目を避けるためだった。


「まさか、恋人。

 へえ、物好きね。特殊性癖?」


「……っ!」


 気がつけば、ロジーナは銃を抜いていた。

 安物だが彼が護身用に与えてくれた大切な一丁だ。

 感情のまま、躊躇いなく引き金を引く。


「おっと、危ない」


 女は軽く指を弾き、空間を震わせた。

 一瞬にして銃はひしゃげ、放たれた弾丸も血の海へと落ちる。

 一瞬にして凶器は無害な鉄塊へと変わった。


 愛する恋人に続き、形見まで失った。

 ぽっかりと空いたロジーナの心から溢れるのはただひとつ。

 憎悪だ。


「よくも、よくも……!」


 ロジーナは怒りに任せ魔術を発現した。

 才能も魔力も人並み以下の彼女ができるのは、細い蔓を数本操る程度だった。


 床下から萌葱色の身を伸ばし拘束を試みるが、女は余裕を崩さない。

 むしろ、子どもの悪戯を見たときのように破顔する。


「あははっ、可愛い! 小さくて可愛い小蛇ちゃん。

 でも嫌ねぇ、そんなに絡まれちゃ動きにくいじゃない」


 女が睨みつけたと同時に、蔦が破裂音と共に四散する。

 実にあっけなく。


「邪魔。退いて頂戴」


 女が指を鳴らすと、ロジーナの体がふわりと浮いた。

 大きな手に振り回されるかのように宙を舞い、ご丁寧にもベッドへと叩きつけられる。


「彼との思い出の場所でしょう? 少し感傷にでも浸っていたら?」


「ああ、ああああ!」


 ロジーナの理性はとうに砕け散っていた。

 目の前で惨殺された恋人、彼をモノのように扱う女。

 浴びせられる侮辱の言葉の数々。

 正気を失わない方がむしろ不自然だろう。


 グスタフを引きずり、小屋から出て行く女の背にナイフを突き立てた。

 切っ先は彼女の肌に届くことはなく曲がり、ロジーナは反動で跳ね飛ばされる。


「馬鹿な女。

 ふふ、そんな力で私に勝とうっていうの」


 女は魔術で拘束したロジーナの顎を掴む。


「あはは、愚かしい! そんなに私を殺したい? 

 なら、うちに来ればいいわ。

 使用人として雇ってあげる。

 そうすれば、好きなときに殺しに来れるでしょう?」


 我ながらいい案だと思うの。

 そう微笑む女の顔は、人命を弄ぶ悪魔のそれだ。


 ロジーナは強く下唇を噛みしめた。

 憎悪と怒りに満ちた顔から、涙と血液が滴り落ちる。

 だが、女は構うことない。


「ヴェラ・ファクラー。

 しがない装幀師よ、よろしく」


 その日から、ロジーナにとって悪夢のような日々が始まった。



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