3話
けろりとした顔で血濡れる女の足下には、愛する恋人が横たわっていた。
腹部を刺され、流れ出た血液が絨毯を真っ赤に染め上げている。
その時、ロジーナは直感した。
装幀師だ。
迫害の対象となる獣の病だが、彼等の体は強大な力を持つ『魔書』なる魔術道具の原料になる。
故に罹患者は、少なくともこの欧州では、その身を狙われ続ける運命にある。
ロジーナたちが住居に森小屋を選んだのも、人目を避けるためだった。
「まさか、恋人。
へえ、物好きね。特殊性癖?」
「……っ!」
気がつけば、ロジーナは銃を抜いていた。
安物だが彼が護身用に与えてくれた大切な一丁だ。
感情のまま、躊躇いなく引き金を引く。
「おっと、危ない」
女は軽く指を弾き、空間を震わせた。
一瞬にして銃はひしゃげ、放たれた弾丸も血の海へと落ちる。
一瞬にして凶器は無害な鉄塊へと変わった。
愛する恋人に続き、形見まで失った。
ぽっかりと空いたロジーナの心から溢れるのはただひとつ。
憎悪だ。
「よくも、よくも……!」
ロジーナは怒りに任せ魔術を発現した。
才能も魔力も人並み以下の彼女ができるのは、細い蔓を数本操る程度だった。
床下から萌葱色の身を伸ばし拘束を試みるが、女は余裕を崩さない。
むしろ、子どもの悪戯を見たときのように破顔する。
「あははっ、可愛い! 小さくて可愛い小蛇ちゃん。
でも嫌ねぇ、そんなに絡まれちゃ動きにくいじゃない」
女が睨みつけたと同時に、蔦が破裂音と共に四散する。
実にあっけなく。
「邪魔。退いて頂戴」
女が指を鳴らすと、ロジーナの体がふわりと浮いた。
大きな手に振り回されるかのように宙を舞い、ご丁寧にもベッドへと叩きつけられる。
「彼との思い出の場所でしょう? 少し感傷にでも浸っていたら?」
「ああ、ああああ!」
ロジーナの理性はとうに砕け散っていた。
目の前で惨殺された恋人、彼をモノのように扱う女。
浴びせられる侮辱の言葉の数々。
正気を失わない方がむしろ不自然だろう。
グスタフを引きずり、小屋から出て行く女の背にナイフを突き立てた。
切っ先は彼女の肌に届くことはなく曲がり、ロジーナは反動で跳ね飛ばされる。
「馬鹿な女。
ふふ、そんな力で私に勝とうっていうの」
女は魔術で拘束したロジーナの顎を掴む。
「あはは、愚かしい! そんなに私を殺したい?
なら、うちに来ればいいわ。
使用人として雇ってあげる。
そうすれば、好きなときに殺しに来れるでしょう?」
我ながらいい案だと思うの。
そう微笑む女の顔は、人命を弄ぶ悪魔のそれだ。
ロジーナは強く下唇を噛みしめた。
憎悪と怒りに満ちた顔から、涙と血液が滴り落ちる。
だが、女は構うことない。
「ヴェラ・ファクラー。
しがない装幀師よ、よろしく」
その日から、ロジーナにとって悪夢のような日々が始まった。




