表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の瞳は魔女のもの  作者: 内海郁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

1話

 ユーラシア大陸西欧、とある森の中。

 鬱蒼と繁る木々をかき分けるように一つ、小綺麗な小屋が佇んでいた。

 そこに住む薬草師ロジーナ・エーベルリンは、毎朝日が昇ると同時に目を覚ます。


 ベッドと僅かな家財道具しか入らない寝室。

 その分厚いカーテンの隙間から、朝日が差し込む瞬間が起床の合図だ。

 ロジーナは音もなく寝台から起き上がり、身支度をはじめる。

 黒々とした髪を簡単に結い上げ、細枝のような体に着古したエプロンドレスの紐を巻き、粛々と厨房へと向かう。


 今日の朝食は、鶏肉と芋のスープに焼きたてのパン。

 眉ひとつ動かさず、慣れた手つきでテキパキと調理する姿は、機械式人形を彷彿とさせた。


 香ばしいスパイスの匂いが立ちこめたとき、彼女は一度手を止め主人を起こしに厨房を出る。

 向かうは、焦茶色の寝室。家主ヴェラ・ファクラーの寝室だ。


 ロジーナはノックもせず部屋へと入り、音もなく忍び寄ると、微かに呼吸するヴェラの顔を覗き込んだ。

 心地よさそうに寝息を立てているのを確認すると、懐にしまってあった包丁を、思い切り振り上げる。

 研ぎ上げられた切っ先は、ヴェラの喉元に寸での所まで迫った。

 だが肌に触れるその瞬間、物理法則をねじ曲げられた。刃は紙のようにひしゃげ、弾き飛ばされる。


 魔術だ。


「……う、!」


 反動が、直にロジーナの腕へと伝わる。

 不意打ちの衝撃と痺れに、思わずナイフを手放してしまった。

 渇いた音をたて床に転がる薄い鉄の塊を、冷めた一対の瞳が見つめている。


 布擦れの音と共に家主の女、ヴェラが目を覚ます。


「おはようロジーナ。寝込みを襲うだなんて、色っぽいことをしてくれるのね」


 ロジーナは、ヴェラを睨みつけた。

 ベッドから状態だけを起こし、こちらを見下ろしている。

 たおやかに揺れる髪、零れ落ちそうなほどに大きな瞳。

 そして、簡素な寝間着から垣間見える女性らしく恵まれた肉体。

 その様はまるで、ルネサンス期に人々を躍らせた偶像そのものだ。


 逆光もあってその姿はあまりにも美しく、抱く憎らしさを倍増させる。


「無防備な私に指先ひとつ触れられないなんて、なんて非力なの」


 愚か。そう言って、ヴェラはかろうじて留まっていた釦を外した。

 途端に、傷ひとつない柔らかな肌が表れる。

 急速に燃え上がったロジーナの怒りは、落ちていたナイフの残骸を掴みヴェラへと放り投げる。

 だが、感情のまま放たれた一撃はあらぬ方向へと向かい、木の壁へと当たって跳ね返るだけだ。


「あはははは! 女の裸に冷静さを欠くだなんて、可笑しいこと。

 初ものの男でももう少しマシな反応をするわよ」


 高笑いしながらヴェラはベッドを抜け、服を着始めた。

 ロジーナは静かに転がる包丁を見て、悔しさを噛み、きつく拳を握る。


「先に朝ご飯頂くわね。

 ふふ、今日は何かしら」


 ヴェラは鼻歌混じりに、一人、食卓へと向かう。

 体中に燃え上がる憎悪を抑え、ロジーナはふらふらと立ち上がった。


 ロジーナ・エーベルリンは、ヴェラ・ファクラーの使用人である。

 だが彼女に使えるため、この家に来たのではない。


 殺された恋人の仇を取るため、やってきたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ