蛾/玉/水晶/白蛇
〈蛾〉
こうしてみたいな、ああなるといいな、などとつぶやくと、わたしの口から言葉ではなく蛾が飛びたつ。それでいい、わたしはなにも望んではいけない身だから。蛾はしばしさまよったのち夜空に張りつき、控えめな光を放つ。空にちらばるたくさんの光。わたしがこれまで生んできた、ひそかな望みたち。わたしはつかのまただびとに戻り、白い息を吐きながら、ひとりで飽かず見あげている。
〈玉〉
箒で地面を掃くとときおり現れる、虹色の玉。赤ん坊の手くらいの大きさで、ころころ軽い音を立ててころがり、やがて消える。これは、死神が最近そこを歩いた痕跡が、箒のもつ呪力によって玉にされるのだという。わが家の前の道で見ると息をのむ。でも猫は平気で玉を追い、子どもたちもそれを見て明るく笑う。日の光を受けて虹が輝く。
〈水晶〉
猫入り水晶という鉱物がある。手毬くらいの大きさの水晶に、ちいさなちいさな猫が一匹、閉じこめられている。いつの時代からその状態なのかわからない。猫はずっと香箱座りで、うとうと居眠り。たまに細く目を開き、三日月のように光らせる。が、それもすぐに閉じてしまい、大あくび。ふたたびとろとろと眠りだす。なにをしてくれるとも思えないが、嫁入り道具として重宝されるらしい。わたしの姉も、母から譲り受けたものを持って、遠い異国に旅立った。
〈白蛇〉
ぼくの住む町の上空には、白蛇がいる。とぐろを巻いた巨大な姿。町の外から来た人には見えないという。蛇の口からは細い足が出ている。この辺りを創造した女神らしい。五百年前の絵には下半身が描かれている。今は踝までが口のなか。女神の全身がのみこまれたら、この町も、ぼくたち住民も、みんな無かったことになるだろうな。でも町の様子は、今日も呑気だ。
ノベルアッププラスからの転載。




