第二話『蜘蛛の巣にかかった神父』
あれから五年。
俺はもう「グレイ=ドレッグ」なんて名乗ってねぇ。
街では、仮面の復讐者をこう呼ぶ。
――“黒鎖のヴェンジ”。
声も顔も正体も不明。
だが、恨みを託せば、どんな聖者だろうと地獄に落とす。
誰がそう名付けたのか知らねぇ。
だがその呼び名が、俺の刃の届く範囲を、自然と広げてくれた。
「ほぉん。こいつが今回のターゲットか?……あー、顔がもうクソだわ」
しゃべる魔剣アーガスが、依頼書に描かれた似顔絵を見て言う。
「神父って書いてるけど、目が笑ってねぇし。これはアレだな、“信仰を盾にやりたい放題系”」
「黙れ。切る前にムカつかせるな」
「いやいやいや! これ“事前ブースト”だから! お前の怒りゲージ、早く貯めろって!」
……コイツと付き合うのも五年目だ。
うるさいが、切れ味は最高。
復讐を語るなら、こいつ以上の相棒はいねぇ。
今回の舞台は、ベルナック郊外の貧民教会。
依頼主は、かつて“娘を神に捧げた”とされる男だった。
その後、その神父にすべてを奪われ、今日まで生きていた。
投函された依頼書の文面は、簡潔だった。
『あの神父を殺してくれ。罰じゃなく、同じ苦しみで』
『できれば、俺の前で』
依頼は受けた。
報酬? 知るか。この手のクズを殺せるなら、むしろ俺が金払いたい。
その夜、教会の鐘が一度鳴った。
その音を合図に、俺は鐘楼の上に降り立った。
下では、例の神父が金で買った信徒の少女たちに偉そうに説教していた。
「この世界には“身を捧げる価値のある神”がいるのです。ほら、皆で祈りましょう……」
俺は笑ってしまった。
こんな腐った世界で、何を信じればそんなセリフが言えるんだ?
「おい、“神父”さんよ」
「祈る時間は終わりだ。今から、地獄に付き合ってもらう」
鐘の音と共に、黒い外套の男が天井から降ってくる。
右手には、“無数の目を持つ黒鉄の大剣”。
「……な、な、なんだ……貴様、誰だ!」
「――ヴェンジ。復讐を請け負う者だ」
神父はすぐに逃げようとしたが、アーガスの刃が床を砕いて封じた。
剣がうるさく叫ぶ。
「ほらほらほら! 謝るなら今のうちだぜクソ坊主!! でもお前、謝る気ねーだろ!?」
「うるせぇ。切るぞ」
「はーーーい!!」
最期、神父は泣き叫びながら言った。
「わ、私は神の代行者だ! 私を殺せば、貴様も地獄に――」
「知ってるよ。だから地獄に落としてやる。俺がその案内人ってわけだ。」
ザシュ。
血が飛び散り、鐘楼の中に静寂が落ちた。
依頼主の男は、ただ黙ってそれを見ていた。
やがて、跪きながらこう呟いた。
「……ありがとう。もう死んでもいい」
俺は肩をすくめた。
「それは勝手にしろ。ただ、もう“奪われるだけの人生”はやめとけ。
誰かに奪われたら、奪い返せ。痛みは、そのためにある」
こうして、“復讐屋”の一件がまたひとつ片付いた。
「さーて、次の依頼はどこから来るかな~!? あー! 血の匂いが気持ちいいぜ!」
「……黙れアーガス。帰るぞ」
この腐った大陸には、まだまだ腐った奴らがいる。
だから俺は今日も“蜘蛛の巣”を張る。
次の“依頼”のために。