第一話『祝福という名の処刑』
雨が降っていた。
クルーディアの雨は、汚い。
空から降るくせに、地面の臭いしかしない。
「……お兄ちゃん、今日も仕事?」
「いや。今日は……休みだ」
ウソだった。
仕事なんて、最初からねぇ。
スラムのゴミ山をあさって、鉄屑と古布を拾って、命の代わりに売る。
それを“仕事”って言うなら、笑えるよな。
妹は笑った。
いつも、くだらない嘘でも笑ってくれた。
……あの日までは。
「おい、お前がグレイ=ドレッグか」
その日、二人の家(物置小屋)に、白い法衣の男たちがやってきた。
胸には“神の紋章”、腰には“儀式用の短剣”。
ヴェルミア聖国の“導師様”たちだ。
「おめでとう。お前の妹が“神の贄”に選ばれた」
「清き魂、無垢な体……祝福されし存在だ」
「今夜、聖都イルゼ=フェルナにて“祝祭”が行われる。準備を」
理解できなかった。
頭が真っ白になった。
俺が言葉を発するより先に、
妹は連れていかれた。
泣かなかった。
怖がらなかった。
むしろ、俺を気遣うように笑った。
「お兄ちゃん、大丈夫。ちゃんと“神様のところ”に行くから……」
その笑顔が、俺の人生で一番最悪な記憶になった。
その夜。
聖都では、賛美歌が鳴り響いていた。
**“贄の階段”**と呼ばれる儀式台の上で、
白い花を撒かれた妹は、無数の群衆の拍手に包まれていた。
「さあ、我らの神に祈りを。
この尊き魂を、“永遠の救い”とともに捧げよう」
執行者:ゼイン・エル=メゼリオ。
金糸の法衣をまとった、聖導師の中の聖導師。
笑顔で言った。
「さあ、君は“神の花嫁”だ。
誇っていい……この痛みは、神と一つになるための試練だよ」
鋭く、迷いなく、
祈りの短剣が、妹の胸に突き立てられた。
群衆が、拍手した。
誰もが「祝福だ」と笑っていた。
……その光景を、俺は遠くの路地裏から見ていた。
雨の中で、何もできずに、ただ立ち尽くしていた。
声が出なかった。
涙も出なかった。
心臓だけが、ひどく静かに燃えていた。
「……いいぞ」
そう呟いたのは、俺じゃない。
背後から声がした。
見れば、錆びた剣──いや、“喋る剣”がひとりでに立っていた。
「お前みたいな顔が、俺は大好きなんだよ。
なあ、お前……復讐、したいか?」
俺は、その剣を拾った。
何も考えずに。
拾った瞬間、世界の“音”が変わった気がした。
その日から、俺は人間をやめた。
復讐をする。
この腐った世界を、地面から引きちぎってやる。
神も、貴族も、聖職者も──全員、地獄に突き落としてやる。
「……はじめようか、アーガス」
「任せろ。血の用意はできてるぜ、グレイ」
こうして、“復讐屋”が産声を上げた。
このクソ大陸に、最も危険な男が誕生した日だった。