プロローグ
――ベルナック。中立都市。
天井の抜けた酒場の裏に、それはあった。
看板も無ければ灯も無い。
あるのはただ、壁に打ちつけられた錆びた鉄箱。
誰が呼んだか、それを「復讐箱」と呼ぶ。
中には毎晩、誰かの“恨み”が詰められる。
『妹を殺したあいつを、地獄に落としてほしい』
『俺の人生を奪ったあの貴族を、跡形もなく消してくれ』
『金じゃない。痛みで払う』
そしてその日――
1通の依頼書と共に、1人の男が箱の前でうずくまっていた。
体は痩せ細り、目は爛れていた。
だがその手には、震えるペンで書かれた**“1枚の願い”**が握られていた。
『俺の娘を売ったあの神父を殺してくれ』
『できるなら、地獄に送ってやってくれ』
『俺の命も、記憶も、全部くれてやるから』
その願いは、
その夜――ひとりの男の足元に届いた。
「……またかよ。こんなクソみたいな話ばっかだ」
黒い外套、灰色の髪、赤く濁った片目の男。
背には、うるさそうな目玉の付いた大剣を背負っている。
「おっ、殺しに行くのか? 行くのか? 行っちゃうのか!?」
「静かにしろ、アーガス」
男の名は、グレイ=ドレッグ。
この腐った大陸に、“正義”を求めるのをやめた男。
“復讐だけが真実”と、割り切った男。
「さて……蜘蛛の巣を張るか」
グレイは立ち上がる。
その足元に、小さな蜘蛛が1匹、静かに這っていた。
次の獲物は、神のふりをした“クソ神父”。
最初の駒を食い破るには、丁度いい相手だ。
その夜、聖職者が一人、教会の鐘の下で首を吊った。
足元には、血の文字でこう書かれていたという。
「お前の正義、いくらで売れた?」
――復讐屋、始動。