第85話「心の距離と身体の距離」
1. 変わり始めた生活
聖羅が幸大の家に住むようになって、
すでに数週間が経っていた。
最初は、“一時的な避難”のつもりだった。
でも、
気づけばそれは”当たり前”になりつつあった。
「おはよう、幸大くん」
「……おう」
朝起きて、
一緒にコーヒーを飲む。
大学に行って、
帰宅すると彼女がいる。
“普通の恋人”みたいに見える。
でも、幸大の心の中は、どこか空っぽのままだった。
2. 埋まらない何か
幸大は、
絵を描く時間が減ったことに気づいた。
“誰かがそばにいる”という状況に、
今までなかった違和感を覚えていた。
(俺は、本当にこのままでいいのか?)
でも、
そう考えるのが面倒で、
流されるように日々を過ごしていた。
3. 聖羅の願い
ある夜、
聖羅は幸大の背中にそっと抱きついた。
「……幸大くん」
「ん?」
「私じゃ、ダメかな」
幸大の手が止まる。
「……何がだよ」
「私じゃ、ダメ?」
幸大は、
振り向かずに答えた。
「……お前、何言ってんだよ」
4. 幸大の迷い、聖羅の覚悟
「ずっと、幸大くんを見てきた」
「子どもの頃から、ずっと、幸大くんが好きだった」
「それなのに、ずっと遠かった」
「いつも、誰のことを見てるのか分かってた」
「でも、今は……今だけは、私を見てほしい」
幸大は、
聖羅の気持ちを、
ずっと気づいていた。
でも、
それに向き合うことを避けていた。
(俺は、こいつを”好き”なのか?)
(……それとも、ただ”必要とされること”に流されているだけなのか?)
5. 交わる身体、埋まらない心
答えは出ないまま、
幸大は聖羅を抱いた。
“好きだから”じゃない。
“欲しかったから”でもない。
“拒む理由がなかった”だけだった。
それでも、聖羅は幸せそうに微笑んだ。
“幸大の一番になれた”と思ったから。
でも、彼女は知らなかった。
彼の心の奥に、まだ”美陽の影”が残っていることを――。
6. 交わった後の静寂
翌朝、
幸大は何もなかったかのようにコーヒーを淹れた。
「コーヒー、飲むか?」
「……うん」
それだけの会話。
それ以上、
何かを話すことはなかった。
でも、
“2人の関係はもう、戻れない場所まで来ていた”。




