第69話「静まり返った家」
1. 何かがおかしい夜
家のドアを開けた瞬間、
嫌な違和感が全身を包んだ。
(……静かすぎる)
まるで家の中の時間が止まったような、
異様な沈黙が広がっている。
「母さん?」
返事はない。
靴を脱ぎ、そっとリビングへ向かう。
電気はついていたが、
そこには誰もいなかった。
(……母さん、部屋か?)
妙な不安が胸を締めつける。
幸大は、足を進めた。
2. 扉の向こうの異変
母の部屋の扉が、半開きになっている。
(……変だな)
普段、母は部屋にいるときは扉を閉める人だった。
嫌な予感がする。
「母さん?」
もう一度呼ぶ。
でも、やっぱり返事はない。
(まさか……)
心臓が嫌な音を立てる。
幸大は、震える手で扉を押し開けた。
3. ベッドの上の母
目に飛び込んできたのは――
ベッドの上で、静かに横たわる母の姿だった。
「……母さん?」
近づく。
その顔は、穏やかすぎるほど静かで、
まるでただ眠っているかのようだった。
でも、様子がおかしい。
肌が、異常に白い。
呼吸の音が聞こえない。
幸大の視線が、机の上に転がる薬の瓶に向かう。
――睡眠薬。
しかも、空になっている。
4. 崩れ落ちる現実
「……嘘だろ」
震える手で、母の体を揺さぶる。
「母さん、起きろよ」
「……冗談だろ? さっきの喧嘩、気にしてんのかよ」
「俺、謝るから……」
「だから、起きろって……!」
どれだけ揺さぶっても、母は目を開けない。
幸大の全身から、血の気が引いていく。
(……うそだ)
(さっきまで、生きてたじゃん)
(俺、帰ったら謝るつもりだったのに)
「……母さん」
呼んでも、もう二度と返事は返ってこない。
「……なんで……?」
幸大の足が、力なく崩れる。
その場に座り込み、
冷たくなった母の手を握る。
「なんで、こんなこと……」
視界が滲む。
声にならない叫びが、喉の奥に詰まる。
5. 震える指でかけた電話
気づけば、スマホを握っていた。
(……誰か……誰か、助けてくれ)
でも、誰に電話をすればいい?
警察? 救急?
そんなことすら考えられないまま、
指が勝手に”美陽”の番号を押していた。
6. 美陽への電話
「……もしもし?」
美陽の声が聞こえた瞬間、
幸大の喉が詰まった。
「……美陽」
「幸大? どうしたの?」
「……母さんが……死んだ」
美陽の呼吸が止まる音が聞こえた。
「……え?」
「母さんが……薬を……」
幸大の声が震える。
「俺……俺のせいだ」
「……待ってて! すぐ行く!」
美陽の慌てる声が聞こえる。
「私、お母さんと行くから! 絶対待ってて!」
7. 動けない時間
通話が切れる。
でも、幸大は何もできなかった。
ただ、母の手を握りしめたまま、
その場から動けなかった。
「……ごめん……母さん」
初めて、声を上げて泣いた。




