第58話 中学2年の冬、母と2人の生活
1. 静かになった家
冬の冷たい空気が、幸大の頬を刺す。
父と弟が去ってから、家の中は異様に静かになった。
以前は、父の怒鳴り声が響いていた。
母のすすり泣く声、空大の小さな声も聞こえていた。
でも今は――
ただ、寒々しい静寂があるだけだった。
2. 母の疲れた表情
「幸大、ご飯……ちゃんと食べてる?」
母は、以前よりもやつれた顔で、
幸大に微笑みかけた。
「俺は大丈夫だよ」
「そう……よかった」
それだけ言うと、母はそっと視線を落とす。
“俺は大丈夫”
そう言えば、母は少しだけ安心した顔をするから、
幸大はいつもそう答えることにした。
(俺がしっかりしなきゃ、この家は終わる)
それが、幸大の中で確固たる信念になっていた。
3. 幸大の変化 - すべてを背負うこと
・母の代わりに、食材を買いに行く
・家の掃除、洗濯も自分でやるようになった。
父がいたときよりも、家の中はずっと平和だった。
でも、幸大は時々思う。
(これは……“平和”じゃなくて、“空っぽ”なだけじゃねぇのか)
誰かが家に帰ってくるわけでもない。
笑い声が響くわけでもない。
母は疲れた顔をして、ただ”生きるために”働いている。
4. 美陽だけは変わらなかった
そんな中でも、美陽だけは変わらなかった。
「幸大! 昨日さ、めっちゃ面白い漫画見つけたんだけど!」
「……そうか」
「え~、もうちょっと興味持ってよ!」
美陽は、何も知らないまま、
今までと同じように、幸大に話しかけ続けてくれた。
(美陽は、俺のことを”普通の幸大”として扱ってくれる)
それが、どこか安心する一方で――
俺は、この子の隣にいちゃいけない気がしていた。
5. 美陽にだけは、知られたくなかった
ある日の放課後。
幸大は、スーパーで安い食材を買い、家へと帰る途中だった。
「幸大?」
不意に、後ろから聞き覚えのある声がした。
「……美陽」
振り向くと、美陽が少し驚いた顔で立っていた。
「なんでスーパーなんかに?」
「……いや、ちょっとな」
「もしかして、ご飯の買い物?」
(……鋭いな)
「そうだけど、何?」
「え? だって普通、買い物ってお母さんがするものでしょ?」
幸大は、言葉に詰まった。
(知られたくねぇ……)
(俺が家のことをやってるなんて、美陽には知られたくねぇ)
「うちは、こういうの普通なんだよ」
何でもないことのように、
そう言って美陽の前を通り過ぎようとした。
でも――
「幸大、なんか困ってるなら言ってよ?」
背中越しに聞こえた、美陽の優しい声が、
胸の奥を突いた。
6. 伝えられない言葉
(俺が困ってても、お前に言うわけねぇだろ)
(言ったところで、お前にどうしようもないだろ)
それに――
(俺はもう、お前と同じ世界の人間じゃねぇ)
幸大は、振り向かずに言った。
「……大丈夫だよ」
「本当に?」
「あぁ、心配するな」
そう言って、足早にその場を去った。
でも、美陽はずっと幸大の背中を見つめていた。
(本当に、大丈夫なのかな……)
彼の背中が、いつもより少しだけ、寂しそうに見えたから。




