第55話 小学校入学式、運命の出会い
1. 初めての小学校、重くのしかかる現実
「お母さん、行ってくるね」
小学校の入学式の日。
幸大は、小さなランドセルを背負いながら、振り返らずに玄関を出た。
家の中では、まだ父親が不機嫌そうにテレビを見ていた。
母は、幸大に「頑張ってね」と笑顔を向けたが、
彼女の頬には昨夜の痕がまだ薄く残っていた。
(……早く家から出たい)
ランドセルの肩紐を握り締めながら、
幸大は一歩一歩、小学校へと向かう。
2. 眩しい存在との出会い
「はじめまして! 私、美陽!」
教室に入った瞬間、幸大の前に飛び出してきた少女がいた。
明るい茶色の髪、くるくる変わる表情、
そして――太陽みたいな笑顔。
「あなたの名前は?」
「……幸大」
「そっか! じゃあ、幸大って呼ぶね!」
勝手に決める彼女の無邪気さに、
幸大は一瞬、言葉を失った。
(……なんだ、この子)
今まで、こんな風に無邪気に話しかけてくる子はいなかった。
彼女の笑顔を見ていると、
さっきまで重かった胸の奥が、少しだけ軽くなる気がした。
3. 初めて抱いた”守りたい”という気持ち
授業が始まるまでの時間、美陽はずっと幸大の隣にいた。
「ねぇねぇ、幸大って何が好きなの?」
「……別に」
「そっかー! 私はね、絵を描くのが好きなの!」
「あっ、それからね……」
美陽は楽しそうに、話し続ける。
(なんで、こんなに楽しそうなんだ)
幸大には、“楽しそうに話す”という感覚がよくわからなかった。
家では常に、怒鳴り声が響いていたから。
けれど、美陽と話していると、
その空気のすべてが吹き飛ばされるような気がした。
(この子は、俺の知ってる世界とは違う)
幸大は、そう思った。
そして――
(俺が、この子を守らなきゃ)
彼女が今みたいに笑っていられるように。
この子には、俺みたいに苦しい思いをさせちゃいけない。
そう、心の奥で強く決意する。
だけど、その想いを言葉にすることはなかった。
4. 言えない気持ち、伝えられない想い
美陽は何も知らない。
幸大の家のことも、
父親のことも、
毎晩続く母の泣き声も。
「ねぇ、幸大!」
「……なに?」
「これからも、ずっと仲良くしてね!」
「……うん」
ただ、一言。
幸大は、小さく頷くだけだった。
(俺は、お前のことが好きだけど――この気持ちは、伝えない)
(言ったところで、俺はお前の隣にいられるような人間じゃねぇから)




