第3話 揺れ動く距離と新しい役割
第一部:高校時代
高校生活と学級委員の話
4月。高校1年生。
入学から数日が経ち、クラスの空気も少しずつ和らいできた頃。
「さて、次は学級委員を決めます」
担任の先生が言った途端、教室がざわつく。
「いやいや、やりたくねーよ」
「誰か立候補する?」
そんな声が飛び交う中、先生がふいに言った。
「じゃあ……高瀬、美陽さんがいいんじゃない?」
「えっ?」
美陽は思わず目を見開いた。
「え、なんでですか!?」
「明るくて、みんなとも話せるし、適任だと思うけど?」
「いやいやいや!」
美陽は慌てて首を振った。
こんな目立つ役、絶対無理!
「先生、私、そういうタイプじゃないんで!」
焦って否定するが、先生はニコニコしている。
「大丈夫、大丈夫!」
全然大丈夫じゃない!
「誰か、一緒にやる人いないかな?」
先生が周りを見渡した瞬間、意外な人物が手を挙げた。
「俺がやります」
長瀬潤。
美陽は驚いた。
「え……潤くん?」
「高瀬がやるなら、俺も一緒にやるよ」
そう言って、潤は爽やかに笑った。
「だったら、大変なことも乗り越えられるでしょ?」
彼の一言に、クラスの雰囲気が一気に変わる。
「おお、長瀬か! なら任せた!」
「潤ならちゃんとやりそう!」
先生も満足げにうなずいた。
「よし、じゃあ高瀬さんと長瀬くんで決定!」
「えっ……」
美陽はまだ状況についていけなかったが、周囲の盛り上がりを見て、断ることもできなかった。
(こうなったら……やるしかない!)
それに、潤が一緒なら、なんとかなりそうな気がする。
幸大の視線
そのやり取りを、幸大は黙って見ていた。
潤が美陽を助けるように手を挙げ、彼女がそれに救われたような表情をするのを見て、なぜか胸の奥がざわついた。
「……」
自分だったら、ああやって手を挙げられただろうか。
いや、違う。
美陽は自分には頼らなかった。
「……くだらねぇ」
小さく呟いた言葉は、自分自身に向けたものだった。
蓮が隣でニヤリと笑う。
「お前、ちょっとムカついてる?」
「別に」
「そっかぁ?」
幸大は何も答えず、ただ前を向いた。
(俺が美陽の隣にいるのは、当たり前じゃないのか?)
なのに、潤が彼女のために何かをするたび、その「当たり前」が崩れていく気がした。
放課後の帰り道
「潤くん、ありがとう!」
放課後、美陽は潤にお礼を言った。
「いや、別に大したことじゃないよ」
「でも、本当に助かった! 先生にあんな風に推されたら、絶対断れなかったし!」
「まぁ、学級委員なんて適当にやればいいって」
潤は軽く笑った。
その会話を聞いていた幸大は、なんとなく言葉を発するタイミングを逃した。
美陽の「ありがとう」が、他の誰かに向けられるのを聞くのが、なんとなく嫌だった。
「……」
無言で歩く幸大に気づいたのか、美陽が振り向く。
「幸大、帰る?」
「……ああ」
少し無愛想になってしまったことに気づいたが、どう言葉にすればいいのか分からなかった。
「今日は委員決まっちゃったけど、また帰りにどこか寄ろうね!」
美陽は変わらず明るく笑う。
幸大はその笑顔に少しだけ気が緩んだ。
「……まぁ、考えとく」
「もー! たまには素直に『行く』って言いなよ!」
「そういう性格じゃないんで」
「むー……」
美陽が頬を膨らませる。
その姿に、幸大はふっと口角を上げた。
(変わらないでくれ、ずっと――。)
そう願った。
けれど、彼自身も気づいていなかった。
この日を境に、二人の関係が少しずつ変わり始めていくことを――。
エピローグ:夜のひとりごと(幸大の視点)
夜、ベッドに横になりながら、スマホを見ていた。
通知は特にない。
美陽は何をしているだろうか。
ふと、LINEを開いて、何かメッセージを打とうとして、やめた。
(俺が今さら何を言うんだ)
指を止めたまま、幸大は天井を見つめる。
「お前、俺が最初に好きになったやつなんだよ」
そんな言葉、彼女に伝えられる日は来るのだろうか。
そして――伝えた時には、もう遅いのかもしれない。
そう考えると、ますます言えなくなった。
外は、静かな夜だった。