第29話 夜の海辺、交わらない気持ち
デートも終盤に差し掛かり、二人はみなとみらいの海沿いを歩いていた。
波が静かに打ち寄せ、遠くの橋がライトアップされている。
「……なんか、あっという間だったね」
美陽がぽつりと言うと、潤はポケットに手を入れながら微笑んだ。
「まぁな。なんか、こういうのも悪くないなって思ったわ」
「こういうの?」
「二人で出かけるの」
「……」
美陽は少し足を止めた。
「……潤くん、今日のデート、楽しかった?」
「ん? なんで改めて聞くんだよ」
「……なんとなく」
潤は美陽の横顔をじっと見て、少しだけ目を細める。
「楽しかったよ。お前といると、なんか気楽だからな」
「……私も」
そう答えながら、美陽はそっと夜の海を見つめた。
(今日、私は……楽しかった)
潤と映画を観て、ゲームセンターで笑い合って、観覧車にも乗って。
すごく楽しくて、すごく心が軽くて――
でも、それでも。
(心のどこかで、ずっと誰かを気にしてた)
観覧車から見えた幸大の姿が、頭から離れなかった。
「……」
美陽は、ぎゅっと手を握りしめる。
「なあ、美陽」
「え?」
「……お前さ、好きなやついる?」
突然の問いに、美陽は息を飲んだ。
「な、なんで?」
「なんとなく。俺って結構察しがいいんだよ」
潤は冗談めかして言いながらも、目は冗談じゃなかった。
「……いるでしょ?」
「……」
否定しなかった。
否定できなかった。
美陽は、ゆっくりと視線を落とした。
「……うん」
「そっか」
潤は、それ以上何も聞かなかった。
(潤くんは、きっと分かってる)
(私が好きなのは、幸大だって)
でも、潤はそれを口に出さない。
そして、美陽も、自分の気持ちをはっきりとは言わなかった。
「……なんか、俺たちって不思議な関係だな」
潤がぼそっと呟く。
「え?」
「いや……なんでもない」
潤は笑って、いつもの軽い調子で歩き出した。
「そろそろ帰るか」
「……うん」
二人は、並んで駅へと向かう。
交わらないまま、互いに何かを隠したまま。
お互いの気持ちは言わずに――
ただ、今日のデートは静かに終わっていった。
エピローグ:それぞれの夜
その夜、美陽はベッドに横になりながら、今日一日のことを思い返していた。
(私……何をしてるんだろう)
潤と過ごした時間は、楽しかった。
でも、心の奥にはずっと幸大の影があった。
(私、やっぱり幸大が好きなんだ)
その気持ちを、もう誤魔化すことはできない。
だけど――
(もう、言えないよ……)
幸大には、好きな人がいる。
それを知ってしまった以上、自分の気持ちを伝えることなんてできない。
「……」
美陽は目を閉じる。
(だったら……この気持ち、どうすればいいの?)
心にぽっかりと穴が空いたような感覚。
でも、それを埋める方法が、今はわからなかった。
同じ頃、潤は部屋の窓から夜空を眺めていた。
「……やっぱ、ダメか」
独り言のように呟く。
美陽が幸大を好きだということは、最初から分かっていた。
でも、それでも――
(お前の隣にいる時間、俺は手放したくないんだよ)
潤は、ゆっくりと目を閉じた。
夜の静けさが、彼の心に静かに広がっていく。
そして、幸大は――
「……」
スマホを開いて、美陽の名前を見つめる。
何かメッセージを送ろうとして、やめた。
(……俺、どうすればいいんだ)
胸の奥が、ざわざわとしたまま、落ち着かない。
美陽は、今、何を考えているんだろう。
(俺たち……なんで、こんなにすれ違ってるんだ?)
答えは見つからないまま、静かな夜が更けていった。




