第16話 過去編 - 幼い日の出会いと揺れる気持ち
4. 新学期、聖羅という少女の登場
小学5年生の春――
火事の出来事から少し経ち、新学期が始まった。
美陽は新しいクラスの名簿を見て、心の中でそっとガッツポーズをした。
「幸大くんと同じクラスだ!」
まだ少しだけ火事のことを引きずっていたけれど、幸大とまた同じ教室で過ごせることが嬉しかった。
(これで、また一緒にいられる)
そんな気持ちを胸に、ワクワクしながら席に座る。
すると、担任の先生が教壇に立ち、新しいクラスメイトを紹介し始めた。
「今日からこのクラスに転校してくるお友達がいます」
そう言って、教室の扉が開いた。
すっと入ってきたのは、小柄でおっとりした雰囲気の女の子。
「星野聖羅です……よろしくお願いします」
少し緊張しているような声だったが、その小さくて可愛らしい顔立ちが目を引いた。
「わぁ、可愛い……!」
クラスの女子たちがざわめく。
「転校生か! どこから来たの?」
「えっと……東京からです」
「都会っ子だ!」
男子たちも興味津々で、たちまち聖羅の周りに人が集まった。
美陽も「新しい友達が増えるのはいいことだ」と思いながら、微笑ましく眺めていた。
だが――その時、ふと隣を見ると、幸大がじっと聖羅を見ていた。
(あれ……?)
なんとなく、胸の奥がざわつく。
偶然の再会 - 絵画教室で
新学期が始まってしばらく経ったある日。
美陽はいつものように絵画教室に向かった。
最近は幸大とも自然に話すようになり、絵を描く時間がますます楽しくなっていた。
「今日も頑張るぞ!」
アトリエのドアを開けた瞬間――
「え?」
そこには、見慣れた後ろ姿があった。
「……星野さん?」
美陽の声に、振り向いたのは聖羅だった。
「あ、美陽ちゃん……?」
「どうしてここに?」
「今日から通うことになったの」
「えっ!」
まさかの出来事に、美陽は驚いた。
(幸大くんと私の場所だったのに……)
そんな気持ちが、ほんの少しだけよぎった。
「へぇ、お前も絵描くのか」
そこへ、幸大が声をかける。
「あ……はい、前から好きで……」
「どんなの描くんだ?」
「えっと、風景画とか……」
幸大はいつになく、興味を持って聖羅と話していた。
それを見ていた美陽の心が、ちくりと痛む。
「……」
今まで、この教室では幸大と二人きりで過ごすことが多かった。
でも、今日からは違う。
(私と話すときと、ちょっと違う顔してる……)
心の中に、モヤモヤとした感情が広がる。
でも、それを言葉にすることもできず、美陽はただ静かに筆を握った。
外はすっかり春の陽気なのに、胸の奥だけが、ひどく寒かった。
エピローグ:美陽の気づき
「ねえ、美陽ちゃん」
授業が終わった後、聖羅が話しかけてきた。
「この教室、すごく雰囲気がいいね」
「……そうだね」
「幸大くんも、すごく絵が上手だし……」
聖羅の言葉に、美陽は思わずぎゅっと手を握った。
「そうだね……」
言いたいことはたくさんあった。
でも、それをどう伝えればいいのかわからなかった。
(どうして、こんなに胸が痛いんだろう?)
初めて、自分が「幸大と誰かが仲良くなること」を苦しく感じた。
でも、それが何の感情なのか、美陽はまだはっきりとわからなかった。
ただ、春の風が吹く中、心の中には小さな嵐が生まれ始めていた――。