第10話 夏祭りとすれ違いの夜⑤
6. 二人だけの花火
ドンッ――パァン……!
夜空を彩る大輪の花火が、音を響かせながら消えていく。
そのたびに、美陽の浴衣の袖がわずかに揺れる。
「……なんか、こうして見ると、花火って一瞬だよな」
潤が、ぽつりと呟いた。
「え?」
美陽は彼の横顔を見つめる。
「打ち上がるまで時間がかかるくせに、咲いてから消えるまでって一瞬じゃん」
「……うん、確かに」
「でも、その一瞬のために、みんな頑張るんだよな。職人も、祭りの運営も、見に来る俺らも」
潤はスマホをいじるふりをしながら、結局どこにも連絡を入れなかった。
「……そういうの、嫌いじゃない」
穏やかな口調だった。
美陽はふと、潤がこうやって真面目な話をするのは珍しいな、と思った。
彼はいつも、明るくて、誰とでも話せるし、軽いノリで冗談も言う。
でも、今の表情はどこか違った。
「……ねえ、潤くん」
「ん?」
「潤くんにとって、今日の花火はどう?」
「どうって?」
「さっき言ったみたいに、一瞬だった?」
潤は少し考え込むように空を見上げ、それから美陽の方を見た。
「……いや」
「え?」
「たぶん、ずっと覚えてる」
「……」
美陽は、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「俺さ、こういうの、意外と好きなんだよな」
「こういうの?」
「……お前と、こうして静かに花火を見てる時間」
潤は、まるで何気ないことを言うように笑った。
美陽は、思わず心臓がドクンと跳ねるのを感じた。
「え、えっと……」
「まあ、別に深い意味はないけどな」
「……そっか」
(……なんだろう、この気持ち)
美陽は、胸の奥に広がる何かを押し込めるように、もう一度花火を見上げた。
その横で、潤は静かに微笑んでいた。
7. 幸大、気づいてしまう
「……やっぱり、いねぇ」
幸大は、汗を拭いながら人混みを探し続けていた。
蓮や梨沙子も、まだ見つけられずにいる。
「くそ……」
思わず舌打ちしそうになったその時。
ドン――!
またひとつ、大きな花火が夜空に咲いた。
そして、遠く離れた広場の方に、美陽と潤の姿が見えた。
二人だけで、花火を見上げていた。
幸大は、足が止まった。
「……なんで」
胸の奥が、ズキリと痛んだ。
あんなに探したのに、あんなに心配したのに。
結局、美陽は――潤と二人で、花火を見ていた。
幸大は、手を握りしめた。
だけど、そこから一歩も動けなかった。
動いたら、何かが壊れそうな気がして。
(違う、俺は美陽の幼馴染だろ)
(こんなことで、いちいち気にするな)
そう自分に言い聞かせながら、立ち尽くした。
遠くで、最後の花火が夜空に消えていく。
その光が、何よりも美しくて、そして何よりも苦しかった。
――この気持ちは、
幼馴染のはずなのに、どうしてこんなに、胸が痛むんだろう。
エピローグ:それぞれの夜
「あ、やば……そろそろ戻ろうか」
花火が終わると、潤がスマホを取り出した。
「……あれ? なんかめっちゃ着信来てる」
「えっ!?」
美陽が画面を覗き込むと、幸大・蓮・梨沙子、クラスメイトたちから大量の着信が入っていた。
「やばい、早く戻らないと!」
「まぁ、しょうがないな」
潤は苦笑しながら、わざとらしくスマホをポケットに入れる。
「もうちょっと遅くてもよかったんだけどな」
「え?」
「なんでもねぇよ」
美陽は何か言いかけたが、結局その意味を深く考えることはなかった。
二人は急ぎ足で、みんなの待つ場所へと向かった。
――その頃、幸大は。
人混みの中に混ざりながら、一人で静かに歩いていた。
「……探す必要、なかったな」
そう呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。
「俺じゃなくても、よかったんだな」
その夜、幸大は改めて、自分の気持ちを自覚した。
――だけど、それを口に出すには、もう遅いのかもしれない。