第一章/第三幕:『問答』
一触即発。少しでも下手な動きを見せてしまえば、この脳天は容易く鉛玉によって撃ち抜かれるだろう。
突き付けられた銃口にゴクリと唾を飲み、背筋を伝う冷たい嫌な汗とカラッカラに渇く喉――律は両手を上げて震える口で言葉を紡ぐ。
「下僕だとか、魔女因子だとか――一切合切何のことなのか、まったくわかんねぇんだけど?」
「……白を切るとは随分と太いヤツだな。ところがお生憎様。私の右眼は特別製でね、魔女因子を肉眼で認識できるのだよ」
ハンドガンを持っていない手で右眼を指差しながら、葵は告げる。
そんなもん知らねぇよ――と内心で叫ぶ律。
「すっとぼけて友好的に立ち回れば容易に取り入ることができるとでも思ったかね? ああ、私以外の――戦場に立っている彼女たちならば、君のその目論見は簡単に達していただろう。だがね、残念なことに私が此処にはいた。私のこの眼がある以上、君の誤魔化しは無意味。さて、今一度問おう――君は何者かね?」
絶対零度の視線と声音を持って、葵は問いを律へと投げ掛ける。
一方、律としてはワケが微塵も理解らなさ過ぎて言葉を発することができずにいた。故に、その結果として氷の彫像のように凍りつくしかなかった。
(魔女因子? 取り入る? マジでこの人は何を言ってんだよ?)
困惑だけが胸中で嵐のように荒れ狂う。
そもそも律は自身の身に魔女因子が存在していることすら知らなかった。突然そんなことを問われたとしても青天の霹靂であり、当然目の前の葵が納得するような答えを持ち合わせている筈もない。
降り掛かる圧に、律は無意識的に後退りをしてしまう。
と――――、
「動くなッ!」
その言葉と共に一発の銃声と共に何かが律の頬を掠めた。
ゆっくりと律は自身の頬を手で触れる。
ヌルっとした感触。手を離し、それを見る――血だ。
「――――は?」
「今のは警告だ。怪しい動きを行えば次は脳髄をぶちまけることになるぞ。さあ、答えろ! 君は何者かを!」
「な、何者? 何者かだって⁉ さっきから魔女の僕だとか、魔女因子だとか、そんなこと俺は何も知らねぇよ。つーか、知るワケがねぇだろッ! 俺は桜目律っていう――ただの平凡な高校生でしかねぇよッ!」
半ば悲鳴にも似た声で情けなく律は叫ぶ。
葵は訝しげな視線を向けながらも銃口を突き付けたままに口を開く。
「高校生? 面白いことを言うな。演技をするにしても、もう少しまともな嘘を吐くべきだ。高校生――ということは、私の記憶に間違いがなければ高等学校に所属する者という意味の認識だ。しかし、そこは上流階級の人間しか所属できない教育機関の筈。それこそ、君のように最前線へやって来る愚か者はいないはずだがね」
銃口を向けたまま、葵はジッと律の顔を観察する。そのまま視線を足下までゆっくりと動かす。
「高校生、上流階級の出にしては気品を感じない。しかし、魔女の下僕にしては狡猾さは無い。そう、あまりにもお座なりだ。寧ろ自ら殺されに来ているようなもの。仮に演技であれば大したものだが、目の動き、喉の動き、胸の動きに所作の動作、そして発汗――まさか本当に何も知らない?」
眉を顰めつつ、葵は銃を下ろす。
「だが、その身にある魔女因子は本物だ。君は……本当に魔女の下僕じゃないのかね?」
「だから、さっきからワケがわからねぇって言ってんだろ! 魔女の下僕なんざ心当たりなんてねぇよ!」
「ええい、いちいち五月蠅い。銃は下ろしたんだ女々しく喚くんじゃない」
「う、五月蠅いだって? それはアンタがいきなり銃口突き付けてくるからだろッ!」
「ああ、それは確かに私が悪かった。だが、君の身に魔女因子があることは確かなのだよ。寧ろ即刻銃殺しなかっただけでもありがたく思ってほしいがね?」
やれやれ、と葵は悪びれる様子もなく首を横に振る。
警告射撃とはいえ、律としては頬に銃弾が掠めているので「はい、そうですか」と済ませられるものではない。
「ふざけんな! こっちは殺されかけてんだぞ!」
「はあ、まったく君はどんな場所で過ごしてきたのかね? 大前提、魔女顕現地域に一般人の侵入は原則禁じられている。何かしらの承認が下りているのであれば問題はないが、そうなれば単身でいることも問題だ」
「魔女顕現地域?」
「――――君は……桜目律と言ったか?」
「あ、ああ……」
「幾つか質問に答えてほしいが良いか?」
銃を腰のホルスターに納めながら、葵は問う。
「質問?」
「ああ、そんな難しいモノではないさ。まず一つ目、君は魔法少女についてどう思うかね?」
「俺を此処まで運んできた娘もそれ聞いてきたけど、魔法少女に対して嫌なイメージはない」
「……なるほど。では二つ目、どのようにして魔女が生まれるのかは知っているかね?」
「魔女って、あの化け物のことだよな? いや、そんなこと俺が知るワケないだろ」
「…………では最後の質問だ。君から見て彼女たち――魔法少女は同じ人間に見えるかね?」
その問いの意味が、律には理解らなかった。
律を此処まで連れて来たリリアーナという少女は確かに超人染みた身体能力と異能を有していた。だが、それ以外は何ら変わらない人間。声音に感情は乗っていたし、こちらの様子を伺うような気遣いもあったと律は思う。
「同じ人間じゃないのか。確かに身体能力や魔法みたいな力はあったけど……人間じゃないと断言するほどの要素じゃないかと……」
律の言葉を聞いた天竺さんは顎に手を当て、暫く考えに耽る。
そして――、
「ふむ……どうやら君は浮き世離れした特異な人物のようだ。あまりにも常識を知らなさ過ぎる。そうだな、君は――――まるで突然見知らぬ世界に放り出されたみたいだよ」
葵は確信を持った声音で律を見ながら明確にそう言い放った。