第一章/第二幕:『魔女因子』
魔法少女と言えば、昨今であればプリティでキュアッキュアな作品が有名か。主に幼い少女たちが好んで嗜む作品群ではあるが、時にそれなりの年齢を重ねた者たちが熱中する作品も存在している。
主に夢と希望に溢れた(一部を除く)作品が多く、そういった世界観が多くの者たちを魅了している。
今、律の眼前に居る少女は自身を確かに『魔法少女』と名乗った。しかし――と、どうにも夢と希望に溢れた雰囲気は到底感じられない。それどころか人類の兵器と名乗っている以上、それが碌なもはないことを察するのは容易であった。
「魔法少女が人類の兵器だって? いったいどんな世紀末なんだよ……」
引き攣った表情で律は口を開く。
周囲の風景から鑑みれば、確かに平和という言葉は思い浮かばない。
「……アンタ、魔法少女と聞いて何も思わないの?」
困惑している律以上に、少女も彼の反応に明らかに困惑していた。
今の律は知る由も無いが、この世界において魔法少女とは忌み嫌われる存在。そんな存在を目の前にしても怯えや恐れの素振りすら見せずにいる彼の反応は明らかにこの世界では異質だった。
「何も思わないのって……人類の兵器って言葉を聞く限り碌なもんじゃないことはわかるけど、俺個人としては魔法少女に対して嫌なイメージはないぞ」
そんな言葉を聞いた少女は一瞬だけ目を丸くする。が、直ぐに表情を元に戻すと耳に付けている機器をに手を当て口を開く。
「みんな聞こえる? リリアーナだけど、たった今だけど一般男性を保護したわ。え、なんで一般人がいるのかって? ――――そんなことはアタシも知りたいわよッ!」
耳に付けている機器は通信機だったようで、少女――リリアーナはコロコロ表情を変えながら現状の報告を終え、溜め息交じりに律へ向き直った。
「はぁ――とにかく、この場に残られても邪魔になるだけ。だけどアンタを連れて後方へ退くことは……どうやら直ぐには難しそうね」
眉を顰めながらリリアーナがそう言った瞬間、律たちを囲むように小型の異形が数体顕現する。
「何だよ、コイツら?」
「魔女の下僕よ。それぞれの魔女因子係数は低そうだから、一瞬で片は付くけどねッ!」
その言葉と同時にリリアーナが一体の異形へ向かって跳んだ。
腰のベルトに納めていたナイフを抜き、異形へと突き刺す。
「燃えろ」
ボソッと唱えた言葉と共にナイフを突き刺された異形は瞬く間に火達磨なって灰となって散る。
「アンタ、そこから絶対に動かないでよ! 動かない限りは守ってあげるからッ!」
再びリリアーナが跳ぶ。
この場の脅威が彼女であることを異形らも認識したのか、それぞれの異形が跳んでいるリリアーナへと殺到する。
「脅威に対しては敏感みたいじゃない。まあ、纏まってくれるのは好都合」
リリアーナはフッと笑みを浮かべるとナイフを眼前に構えて唱える。
「爆ぜろ」
耳をつんざく爆裂音と共に空中にて炎が爆ぜた。
猛烈な熱風と振動が周囲へと瞬く間に伝播し、俺は思わず地に膝を着いた。
トン――と、隣に足音がする。
「一先ずは安全確保完了ね。ま、雑魚たちの統率者は怒り心頭みたいね。一応警告だけはしておくけど、死にたくなければあの魔女とは絶対に目を合わせないこと。早い話、視界に入れるなってことね」
リリアーナの言葉に律は頷きながら立ち上がる。
「あ、ああ……警告どうも。つーか、マジで魔法使えんだな」
「…………マジ? 意味は理解らないけど、アンタって本当に何も知らないのね」
呆れ半分、警戒半分にリリアーナは律へと視線を向けた。
「さて、アンタのお守りを続けるわけにもいかないから、後方へ運んであげるわ」
そう言うとリリアーナは律の首根っこを雑に掴む。
「ぐぇ、首が締まるッ!?」
「うるさいわね。死ぬよりは良いでしょ!」
瞬間、全身を無重量感が支配する。
「うぇ⁉ って――高ッ!」
律の身体は地から遥か高い場所に在った。
「暴れないでよ。下手したら落としちゃうから」
首根っこを掴んだまま跳んでいるリリアーナは面倒臭そうな表情を浮かべて告げる。
律としても落とされてしまっては堪ったものではない為、絶妙に締まりきらない首の感覚に気持ち悪さを感じながらも大人しくする。
リリアーナは律の首根っこを掴んだままに、普通ではあり得ない跳躍を見せる。それだけで彼女が普通ではないことを感じるには十分だった。
何度かの着地と跳躍を繰り返した末に、律は一人の女性軍人の前に連れてこられた。
「ふむ、彼が魔女顕現地域に侵入していた少年か……。ああ、今直ぐにでも取って喰おうとは思ってないさ。君が何者であるのかは後ほどじっくりと伺おう」
顔の半分に派手な傷痕を残した軍服を身に纏う女性軍人は、値踏みするような視線を律へ向けながら言った。
「私は天竺葵という。階級は……形だけの大佐。ま、彼女たち魔法少女の裏切り、或いは逃亡の企てがないかを監視することが主な役割だよ。まったく私としては魔法少女とは言え、うら若き乙女たちの監視任務は御免被りたいのだがね」
何処か演技染みた口調で女性軍人――葵は首を横に振る。
「さて、私の戯言は捨て置くとして、リリィは戦場に戻り給え。菖蒲、凛が既にコルチカムと接敵している」
「わかってるわよ。ササッと片付けてくるわ」
「……それが仲間だったとしてもかね?」
「わかり切ったことを聞かないでもらえる。そんなこと、とっくに割り切っているし、お互いに納得しているわ」
呆れ口調でリリアーナは口を開く。
「いらぬ心配だったか」
「ええ、じゃ、アタシは行くから」
一瞬だけリリアーナは律へと視線を向けてから跳んで行く。
そんな彼女の背中を見送っていると、葵が口を開く。
「さて、君が何者であるのかを聞かせてもらおうか。今のところは敵対意思は感じられないが、場合によっては君を拘束する必要もありそうだ」
「……え?」
間の抜けた声をこぼす律に、葵は怪訝な表情を浮かべた。
「どこまでが演技であるのかは知らないが君という危険な存在は、少なくとも歓迎されていないのだよ」
腰のベルトからハンドガンを抜き、その銃口を律へと向け、引鉄へ人差し指を掛けて葵は問う。
「意思疎通のできる魔女の下僕か? 何よりもその身に宿した魔女因子。さて少年――君はいったい何者かね?」