序幕:『たとえ化物の苗床であったとしても』
月明かりの下に浮かび上がる街は廃墟が建ち並び、そこに生命の息吹は感じられない。
空に浮かぶ月を覆い隠すように、一つの影がゆっくりとゆったりと横切っていく。
それは人知を超え、理解から隔絶された摂理と真理に満ちた異形の存在。彼女の瞳に見定めらるか否かが分水嶺。
興味を抱かれれば即死、抱かれなければ存命――実に簡単な話である。
「それこそ美しい少女だった彼女は運命を捻じ曲げることができずに魔女――『死美の魔女コルチカム』へと変容してしまった。それも『直死』なんぞ、厄介な権能を引っ提げて堂々顕現ときたもんだ。いやはや、何が悲しくてあんな化物に見つめられないといけないのかね」
そう呟いたのは、軍服に身を包み顔の半分に派手な傷痕を残す女。口にはタバコを咥え、紫煙を燻らせている。
右手に双眼鏡を持ちながら、彼女は「やれやれ面倒な」とわざとらしく首を振りながら言う。
「ま、私が相手をするワケじゃないことだけは不幸中の幸いだ。ああ、残念ながら君たちには相手をしてもらうがね」
女がスッと視線を向けた先、そこに居るのは三名の少女。
「……まるで他人事ね。アタシたちの酷使によって魔女の増加を促すことくらい知っているだろうに」
腰まで伸びた純白の髪を靡かせ、呆れた様子で言う。
「まあまあ、天竺さんに悪気が無いことはリリィちゃんもわかるでしょう?」
「それは……菖蒲の言う通りだけど……」
場の雰囲気には合わないおっとりとした口調で嗜める菖蒲に、仲間内での愛称リリィことリリアーナはムスッとした表情を浮かべる。
「まー、葵っちも素直じゃないからねぇ? 凛にはお見通しだぜい」
からかい口調で凜は困り顔を浮かべている女――天竺葵に目を向ける。
葵は溜め息交じりに首を横に振り、軍帽の位置を整える。
「やれやれ、君たちの能天気ぶりには呆れを通り越して笑いが込み上げて来そうだよ。しかし、リリアーナの指摘はご尤もだ。魔法少女である君たちの酷使は、君たちを魔女という化物へ近づかせる愚行そのもの。ああ――実に嘆かわしい」
葵は吐き捨てるように言う。
「仮に私が魔法少女であったならば、あの程度の魔女なんぞ一捻りなのだがね」
「うっわ、幾ら葵っちでもアラサーが魔法少女願望を抱くのはちょっとキツいぜい」
「どうやら今回の作戦後に折檻がご所望のようだな――宝菊凜?」
「いやいや、ご冗談を! この宝菊凜が自ら折檻を志願してしまうような超が付くほどのドMだとお思いで? そいつは心外ですぜい、葵っち」
「ならば、次から発言には重々気をつけるべきだな」
これから死地へと赴こうとしている状況下では考えられない馬鹿みたいな漫才を繰り広げる上官と戦友に、リリアーナと菖蒲は呆れを通り越し引き笑いを浮かべてしまう。
しかし、これが彼女たちの日常風景と言ってしまえば、この状況もおかしなことではない。
――と、和らいだ空気感を正す為、葵がパンと両手を合わせて一拍する。
「戯言はここまでだ。私たちの任務は前方に漂う魔女の討伐。退路は無く、増援も見込めない。勿論、君たちが死力を尽くした先で魔女に成ろうものなら事態が悪化するどころか、私の首が飛びかねない。まったく唯の監督役にしては与えられる責任が重すぎないとは思わないか?」
「嫌だったら辞めれば良いじゃない。アンタほどの実力者なら引く手数多でしょ?」
「リリィちゃん、全部天竺さんの照れ隠しよ」
「え? そうなの」
「ンンッ! さて、菖蒲の戯言虚言癖は他所へ置くとして、そろそろ奴さんも動き出しそうだ」
わざとらしく咳払いしながら葵は告げる。
その言葉を聞いた三人の魔法少女たちの表情が引き締まる。
「非常に不服ではあるが、君たちには地獄へ赴いてもらわねばならない。その相手が嘗ての戦友であったとしてもだ」
今回の討伐対象である『死美の魔女コルカチム』は、数日前まで三人と共に戦場を掛けた魔法少女だった。しかし、とある魔女討伐の際に力を使い過ぎた結果として魔女へと変容してしまった。
「まったく上層部も腐ったミカンだよ。わざわざ君たちに彼女を討てと言うのだからね」
軍に所属する以上、上層部からの命令は絶対だ。魔女によって荒廃している現在において魔女討伐は何よりも優先される。
上層部の言い分としては「責任を果たせ」という――要は「身内の不始末は身内が処理しろ」ということだ。
「私は君たちの味方で在りたい思っている。世間一般的に魔法少女である君たちは武器という消耗品として考えられていると同時に魔女という化物の苗床でもある。故に、世の常識において君たちは人としての権利を持ち合わせていない」
葵は淡々と告げる。
魔法少女に人権は存在せず、与えられた任務を遂行すること。そして、魔女に変容せずに死ぬことが求められる。
「だが、君たちがたとえ化物の苗床であったとしても――君たちが間違いなく同じ人間であると私は断言しよう」
世界が魔法少女を人間ではないと否定しても、葵は彼女たちを人間であると信じ続ける。それは天竺葵が軍人となった際に誓ったモノでもある。
「さあ、行け。後方からではあるが、君たちの生還を願っているよ」
葵の言葉と共に、三人の魔法少女は走り出す。
この世界の行く末は行き止まり。科学技術によって栄えた嘗ての姿は遠き果ての過去に消え去った。
「『――『始まり』によって齎された世界の地獄は『始まりの終わり』によって幕を閉じる』」
それはとある魔法少女の予言によって判明した未来。同時に一つの謎を指し示した。
「『――始まりの縁を持つ者。悠久の時を経て、現世へ降り立つ』――さて、この予言が紡ぎ出す未来とは、いったい何なのだろうね?」
遠くなっていく三人の背中を見つめながら、葵は咥えていた煙草を吐き捨てた。
魔法少女もの、且つダークファンタジーを描きたかったんです。
こちらはゆっくり気ままに執筆していきますので、どうぞよろしくお願いします。
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