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主な登場人物
川上 蒼
32歳 男性 視覚障害者 マッサージ師
佐藤 美彩
28歳 女性 蒼が務めているクリニックで受付の仕事をしている
深沢 彩佳
女子高校生 蒼と美彩が務めているクリニックの常連患者
花岡 優奈
女子高校生 彩佳の親友
蒼は、子供の頃から目が悪かった。覚えている限りで一番見えていたのが10歳ぐらいで視力0.4だ。進行性の病気なので、もっと小さいころは、もっと見えていたかもしれないが視力の数値として覚えているのはこれが最も古い記憶だ。両親の話によれば、2~3歳ぐらいのころ何を見るにも目に近づけるので、おかしいと思って眼科を受診したらしい。そこで、進行性の目の病気で将来失明の恐れがあると言われたそうだ。原因は遺伝子異常で治療法はないという。
それでも蒼は視力0.4ぐらいあったので、何とか日常生活は送れていた。蒼は地元の公立小学校に入学した。1年生の授業で、教科書を読む姿勢の授業があった。
「椅子に腰掛け、教科書を両手に持って腕を伸ばし、目から30センチから50センチ放して読みなさい」しかし、蒼はそれでは文字が見えなかった。しかたがないので、蒼は教科書を目から12センチぐらいのところまで近づけた。そうしていたら
「30センチ以上離して読まないといけないんだよー。」何人かの子が蒼に向かって言った。
「でも、見えないから・・・。」蒼は小さな声で反論した。
「それでも、先生が30センチから50センンチ離しなさいって言ってたでしょ!」「蒼くんは先生の言うこと聞けない悪い子なんだー!」周りの子らは口々に言った。それに対して蒼は反論できなかった。30センチ腕を伸ばして、読むフリをして、その場をごまかしたのだった。
その後、12センチのところで見ていると、いちいち文句を言ってくる子もいたが、蒼は無視した。いつしか、蒼はクラスで孤立するようになっていった。
中学の林間学校があった。林間学校では夜にキャンプファイヤーなどのイベントがあった。蒼は夜盲があって暗い場所が見えないので、担任の先生に配慮をしてほしいと申し出た。しかし担任の先生は
「おまえだけ、特別扱いをしてほしいのか?」と言ってきた。
「いいえ、僕は配慮して欲しいと・・・。」
「おまえ一人だけ特別扱いなどできるわけないだろう。」
「そうですか。もういいです。」
蒼はカチンときて、そう言ってその場を去った。そして林間学校を風邪を引いたと言って休んだ。
蒼は高校に進学した。高校も地元の公立の普通科高校だった。2年生のときに、同級生の家に自転車で遊びに行くことになった。その帰り、夕方だんだん太陽が落ちてくる。薄暗くなってきて蒼は焦っていた。暗くなるとほとんど見えなくなってしまうからだ。途中まで自転車に乗っていたが明るさが限界まで来ると自転車を降りて、ゆっくりと一歩一歩手探りするようにして何とか帰宅した。それ以来、蒼は自転車に乗らなくなった。
同級生たちはバイクの免許を取ったりして、急激に行動範囲を広げていったが蒼は自転車すら乗れなくなって、徒歩と公共交通機関での移動のみとなって、一人取り残されたように感じた。
高校3年生、進路を決めなければならないときになって、蒼は初めて盲学校という存在を知った。それまで、親も小中学校の先生も誰も盲学校のことを蒼に教えてくれる人がいなかった。蒼はすぐに盲学校のあんまマッサージ指圧師科に進学を決めた。
盲学校に入学して、蒼は驚いた。小・中・高とは、全然環境が違った。授業でも休み時間や放課後でも視覚障害者に対する配慮があって、すごく自然に楽に過ごせた。黒板に文字を書くとき先生が読み上げながら書いてくれたり、プリントなどの文字が大きかったり。拡大読書機を知ったのも盲学校に入学してからだった。
あっという間の3年間だった。
クリニックに就職して、周りにはまた晴眼者ばかりの環境になった。みんなが普通に出来ることが自分にはできない現実を 蒼はつくづくと思い出さされていた。
ブー ブー ブースマホのバイブが音を立てている。蒼は目覚ましとして、スマホのアラーム機能でバイブをセットしていた。お昼休みに、午後の診療まで時間があるときは、こうしてアラームをセットして昼寝することが時々あった。
蒼は、アラームで目を覚ました。どうやら、子供のころの夢を見ていたようだった。
「せっかく昼寝したのに、なんかしんどいな。」と蒼は思った。
蒼の家はクリニックから徒歩10分ぐらいのところにあるので、お昼休みは家に帰って昼食を摂っていた。蒼はアラームを止めると、起き上がって、午後の診察に行くべく出勤の準備を始めた。
蒼がクリニックに向かって歩いていると、無効側から、学校帰りと思われる小学生3、4人組がおしゃべりしながらこちらに歩いてきた。ここは道幅が4、5mあるので、蒼は道の端っこを白杖で確かめて道の隅っこをそのまま歩いて行った。小学生の集団とすれ違っって間もなく、小学生たちのひそひそ声の会話が蒼の耳に入ってきた。
「今の人、白い杖を持ってたけど、あれ絶対見えてるよね。」
「うん、目の玉動いてたし、見えてそうだった。」
「え?じゃあ、ウソついてるってこと?」
「さあ、でも見えてるのにおかしいよねー。」
こういう閑静な住宅街でのひそひそ声というのは結構聞こえるモノでアル。白杖は全盲の人だけが持つモノではない。見えにくい人、視野が狭い人、まぶしくて見にくかったり、暗いところが見えなかったり・・・いろいろな人が持っている。蒼は全盲ではないが、ぼんやりとしか見えていない。条件が良ければ、目の前の人や物が見えて回避できることもあるが、気づかずにぶつかることも多々ある。面と向かって言われれば、反論もできるが、すれ違ってから、それも小学生相手にムキになって追いかけていって反論するのもどうかと思うし、蒼はモヤモヤした気持ちのママその場を通り過ごした。
午後6時を過ぎ、その日の勤務時間は終わった。結局この日の午後は蒼の患者は一人も来ず、いわゆるボウズであった。
蒼がこのクリニックに就職して約10年になる。一時期は診察時間内いっぱい患者があふれ、残業することもあったが、最近ではだんだんと患者が減ってきて、この日のようにボウズの日もちょくちょくあるようになっていた。
「お疲れ様でしたー。」佐藤はいつもと変わらず、明るく挨拶してくれた。
「お先に失礼します。」蒼はペコリと頭を下げ、クリニックを出た。ボウズだから全然疲れてないんだけど。まぁ、精神的にはキツいけど。
その日は、久しぶりに蒼に新患が入った。70代の女性だった。施術中、蒼はずっと質問攻めにあった。
「先生の子供さん、いくつなの?」から始まった。蒼は独身なので、子供はいないと言うと、そこから
「え?独身なの?じゃあ、彼女はいるんでしょ?」「いつから彼女いないの?」「なんで彼女作らないの?」「お給料はどれぐらいあるの?」「好みの女性のタイプは?」「好きな芸能人や女優さんは?」・・・。施術が終わって帰っていただくと蒼はぐったりだった。
蒼が働き始めてしばらくした頃、年上の50代女性看護師に聞かれたことがあった。
「蒼くんは、結婚願望とかあるの?」蒼の答えは
「まぁ、今はゼロですかね。」だった。昔は結婚したいと漠然と思っていた頃もあった。しかし、ここでの蒼の給料は月13万円ほど。目は進行性の遺伝病。もし、愛おしいと思える人が現れたとしても、自分の収入では生活は苦しいし、この先、自分は全盲に成りその人には生涯解除してもらわなければならない。さらに、子供ができようモノならば、同じ病気を子供、孫へと伝えてしまうかもしれないし、自分の解除と子育てとで愛おしく思う人に、他の人よりも大きな負担を背負わせることになるだろう。そんなことを思うと、とても彼女を作ったり、まして結婚など蒼には考えることはできなかった。
その日の帰り道、蒼は自分の将来のコトを考えながら歩いていた。蒼には兄弟がいたが、兄弟は晴眼者で、子供の頃から孤独感があった。兄弟は今では家を出て遠くの町で独立している。年に1度会うくらいであったので、将来も一人孤独に死んでいくんだろうなとぼんやり考えながら歩いていた。
前の方からバイクのエンジン音がしたので、蒼は道の端っこに寄っていった。ドンっと蒼の体に衝撃が走った。電柱に衝突したのだった。その衝撃で少しフラついて後ずさると、片足が側溝に見事にハマった。蒼はバランスを失い、その場に倒れ込んだ。バイクは蒼のところまでは来ずに、手前の道を左折していった。蒼はゆっくりと立ち上がった。かけていた医療用遮光めがねは電柱にぶつかった衝撃でフレームがゆがみ、鼻当てが取れていた。半袖のTシャツを着ていたせいで前腕をを少し擦り、血がちょっとだけ出ていた。
「ああ、我ながら、情けないな。」蒼は一人つぶやいて、帰り道を急いだ。
翌日、クリニックは午前中の診療だけで、午後はお休みだったので、蒼は昨日壊してしまった遮光めがねを治してもらうためメガネ屋に行くことにした。幸い、予備にもうひとつ遮光めがねを持っているので、今日はそちらをかけている。蒼の目は遮光めがねをかけないと、眩しく感じてしまうのだった。めがね屋に行くついでに、銀行に寄っていくことにした。見えにくくなってきて、だんだん外に出るのが煩わしくなってきていた。だから、外出をまとめられるときはまとめて行くことが増えてきていた。
銀行は駅前にあるので、先にそちらに行ってから、駅向こうの高架橋で線路を渡って、300mほど歩いたところにアルめがね屋に行くことにした。
国道を駅に向かって歩いて行くと、左手に歯医者がある。それお通り過ぎて50メートル、駅前交差点にやってきた。銀行は交差点を渡ったすぐ前にあるので、蒼はスマホとワイヤレスイヤホンをセットした。そして、音声読み上げ機能を使ってスマホを操作して信号認識アプリを立ち上げて交差点の手前に立った。信号認識アプリは、スマホのカメラで信号を捉えて、青信号か赤信号かを音で知らせてくれるアプリだ。青信号ならピピピピっと早い間隔で音がし、赤信号ならゆっくりとしたテンポでぴ ピ ピ と音がする。しかし、これも100パーセント正しいわけではないので、アプリの音と周りの車や人の動きの音を注意深く聞いて総合的に判断して交差点を渡らなければならない。
蒼は銀行に入った。幸い、ATMには誰もいなくて、蒼はATMの前に立った。視力が落ちて、行列に並ぶのも難しくなってきていたので、蒼はなるべく人があまりいなさそうな日時を選んで行くようにしていた。
ATMのタッチパネルの横には電話の受話器のような装置があって、それを使うとタッチパネルを触らなくてもATMを操作することができる。ただし、ATMのすべての機能を使えるわけではなく、お引き出しやお預け入れ、通帳記入など一部の機能に限られている。
数年前まで、蒼はこの受話器を使わずにタッチパネルをタップしていた。しかし、だんだん画面表示が見えなくなってきて、暗証番号などを当てずっぽうでタップしていたら、あるとき3回エラーしてしまい、キャッシュカードが使えなくなり、再発行が必要となった。再発行には税込み1100円かかった。それ以来、蒼は迷いなくその受話器を使うようになった。
蒼は無事にお金を下ろし、銀行の外に出た。蒼は銀行の入り口横のスペースに他の人の邪魔にならないように寄った。音声ガイドを聞きながらスマホを操作し、歩行支援アプリを立ち上げた。このアプリはGPSを使って道案内してくれる上に、自動車や自転車、人の存在などを検知して知らせてくれたり、周囲の主な施設なども教えてくれる優れものであった。
「あの人、白い杖持ってるのに、スマホいじってるよ。」「ホントは見えてるんじゃね?」そんな言葉をヒソヒソ声で言いながら過ぎ去っていく人たちがいた。
行き欄にめがね屋の名前を入力し検索をかける。表示された一覧から選んで、ナビを開始、こんな流れで操作していると、
「あのー、スマホの電源、入ってまへんよ。」と年配の男性が話しかけてきた。
「あ、これはですね・・・」蒼は、自分は画面が見えないので音声で操作していること、その音声はイヤホンで聞いていて外には聞こえないようにしていること、バッテリーの消費を押さえるためとプライバシー保護のために画面の表示を切っていることを説明した。男性は
「へー、そんなことができるんや。知らんかったわ。」と言って駅の方へ歩いて行った。こうやって話しかけてくれれば説明もできるが、ヒソヒソ嘘つき呼ばわりされるのは、ほんとにイヤな気分になった。
蒼はナビモードになったスマホを首から下げ、めがね屋に向けて歩き出した。
「わー、派手に歪みましたねー。」壊れた遮光めがねをめがね店の店員に見せると、こう言われた。
「かなり歪んでいますので、できる限りはしますが、完全に元の形には戻せないと思います。それに作業中にフレームが折れてしまう可能性もあります。それを承知していただけますか?」蒼はそう聞かれ、承諾した。
「15分ぐらい待っていると、
「お待たせしました。可能な限りやってみました。」と店員が蒼のところにめがねを持ってきた。蒼がめがねをかけてみると、特に違和感などは感じなかったので、蒼はお礼を言った。
「次、同じようなことがあっても、もう直せないかもしれません。なので、乱暴には扱わず、丁寧に使ってください。」店員にそうクギを刺された。
「はい。」蒼は総行ったが、別に乱暴に扱ったわけじゃないんだけどな、と思いつつ返事をした。
蒼が店の外に出ると、雨が降っていた。さっきまで晴れていたのに。蒼は傘や雨具を持っていなかったので、そのまま雨の中に歩き始めた。
雨脚はそれほどではなかったが、雨具のない蒼は帰りを急いだ。来るときは銀行に寄るのもあって駅前から高架橋で線路を越えめがね屋まで来たのだったが、雨が降っているので帰りは少しでも近道となる踏切のある経路を選んだ。
早足で歩いて、踏切までやってきた。あたりは静かに雨が降っていた。遮断機は上がっているようだったが、自動車や自転車が渡っている気配はない。
蒼は踏切に入っていった。
踏切は凹凸が激しく、線路が雨に濡れて滑りやすかった。蒼は急ぎ足で踏切を渡ろうとしていた。
その時だった。蒼の白杖の先が地面のくぼみに引っかかったと思った瞬間、足が滑って思いっきり転倒してしまった。
「いててて・・・。」
カーン カーン カーン・・・
踏切がものすごい音量で警報器を鳴らし始めた。蒼は倒れたままだった。『早く起きなきゃ』と蒼は思ったが、手に白杖がないと気がついた。どうやら転倒したときに手から放してしまったようだった。蒼は手探りで周りを見てみたが白杖は見つからない。踏切の警報器は、けたたましく鳴り続けている。
「ああ、どうせ、今かあ立ち上がっても踏切の外まで移動できないだろうな。もう、どうでもいいや。」と蒼は思ってしまった。そして白杖を探していた蒼の手は動きを止めた。
そのときだった。
「川上先生!何やってるんですか!!」悲鳴にも似た声がして誰かが走ってくる。
「優奈!その白杖拾って!!!」けたたましいカーン カーン カーンという踏切の警報器が鳴り響く中彩佳の声が叫んでいる
蒼は、はっと我に返った。蒼はよろよろと立ち上がろうとした。
「先生!」彩佳が手を貸してくれる。蒼が立ち上がると
「優奈!」彩佳が優奈を呼び、優奈が近づいてくる。そして二人に肩を支えられるように踏切の外へ出た。蒼たちの背後を電車が走り抜けていった。
「あ、あの・・・白杖は?」蒼が言うと
「はい。」と優奈が蒼の手に白杖を握らせた。
「ありがとう。」蒼はそれしか言えなかった。
「優奈。ごめん、美彩さんに川上先生を連れて行っていいか聞いてきてくれないかな?」彩佳が言うと、優奈はうなずいて走って行った。優奈がいなくなって彩佳と蒼が二人きりになった。彩佳は蒼を道路脇にあった低いブロック塀に座らせ、踏切の手前に投げ捨てていた自分の傘を拾い上げて、自分もその横に座った。
「何で、すぐに立ち上がろうとしなかったんですか?」彩佳は今まで彼女から聞いたこともないような低く震える声で蒼に尋ねた。
「ごめん。もういいかな?って思ってしまったんだ。」蒼はボソボソ答えた。彩佳は叫ぶように
「何なんですか!もういいって!」そして彩佳は小さな声になって
「ホント、大ばあちゃんの言ってた通りだわ。」
その言葉を聞いて蒼は「」え?っと聞き返した。
「大ばあちゃんね、施設に入ってからも川上先生のことよく言ってたの。川上先生は真面目で誠実で優しいけど、何か張り詰めてて危なっかしいって。いつかぷつりと切れそうで怖いって。」彩佳は少し涙ぐみながら言った。蒼はそれを聞いてはっとした。
「ハナエさん、そんなこと言ってくれてたんだ。」蒼はぼんやりとした視界で空を見上げた。雨はいつの間にか止んでいた。
「ごめん。ううん、ありがとう。ぼくは今まで、自分の目の病気もあって、長生きなんてしたくない。自殺しようとまでは思わないけど、病気や事故で、さっさと死ねたらいいのにって思うこともよくあるんだ。」
彩佳が「そんな・・・」何か言いかけたが、蒼はそれを制して
「まぁ、聞いて。・・・でも、ハナエさん、ぼくのそんなところを見抜いてたんだな。かなわないなー、ハナエさんには。」蒼はフフっと笑った。彩佳は心配そうに蒼の顔を見つめていた。
「大丈夫だよ。ぼくに付いてた死に神は、ついさっきハナエさんと彩佳ちゃんが払ってくれたから。」蒼はそう言って笑顔を見せた。彩佳は蒼が初めて自分のことを『深沢さん』ではなく『彩佳』と呼んでくれたことに気がついた。そして言葉が蒼の本心から出ていると思った。心の距離が少し近づいたように感じて「うん。」と深くうなずいた。
そのとき優奈がこっちに走ってきた。
「おーい!美彩さん、OKだってー!川上先生、連れてきてもー!!」
「じゃあ、いきましょう。」彩佳は蒼に向かって言った蒼も「うん」と力強くうなずいて見せた。
佐藤の家は、踏切から少し行ったところにあるマンションの302号室だった。彩佳と優奈が佐藤の部屋に遊びに来た帰りに、踏切で転倒する蒼を見かけたのだという。
彩佳と蒼が佐藤の部屋の玄関に入ると、
きゃーーーと佐藤が悲鳴を上げた。
「なんで、二人ともそんなにずぶ濡れなの?」
蒼は、雨具なしで雨の中を歩いてきて、踏切で思いっきり転倒し、そこを彩佳たちに助けられたことを説明した。
「そうだったの。大変だったわね。でも、そのまま上がらないで!今、バスタオル持ってくるから。」そう言って佐藤は部屋の奥に走って行った。
びしょ濡れのママだと風邪を引いてしまうと、蒼は風呂で、彩佳はリビングの方で、それぞれ服を脱がされた。蒼がバスタオルで体をしっかり覆って佐藤のリビングへ入ると、彩佳は佐藤の洋服を借りて着ていた。
「あ、こっちこっち!」彩佳と優奈に手をとられ、蒼はテーブルの前に腰を下ろした。
「はい、どうぞ!」と佐藤が珈琲を入れてくれた。
「ありがとうございます。」蒼はお礼を言って、珈琲を一口飲んだ。すごくおいしかった。今まで飲んだことないぐらいおいしかった。
蒼と彩佳のびしょ濡れの服は、今、乾燥機の中で回っている。
「もう!それにしても、びっくりさせないでよー。」佐藤が言う。
「どうも、すみません。ごめんなさい。。」蒼は謝った。
「ホントよ!この部屋に引越屋さん以外で男性が入ったのは初めてなんだから。」そう言って佐藤は笑った。
「ぼくなんかで、ごめんなさい。」蒼がまた、謝った。
「もう、そんな謝ってばかりいないでよー。」佐藤が蒼の背中をたたいた。
「そうですよー」彩佳と優奈も同意する。
「うん、ごめん。い、いや・・・ありがとう。・・・それから、さっきの珈琲すごくおいしかった。あんなおいしい珈琲初めて飲んだ。」蒼は正直な気持ちを言った。
「え?ただのインスタント珈琲だけど?」佐藤が言う。
「ううん。それでも、一番おいしかった。」蒼が言う。
「あ!それは『愛』だわ!!」優奈が叫んだ。
「ええーっ、」女子3人がきゃーきゃー騒ぎ始める。
蒼は、こんなに優しい人たちに囲まれていたんだなと初めて思った。それに気づかせてくれたハナエと彩佳に心から感謝した。この先自分は完全に目が見えなくなってしまうだろう。それでも、こんな素敵な人たちが周りにいてくれるのなら。蒼は、これからの人生を前向きに生きていきますと心の中でハナエに誓った。
-おわり-
最後までお読みいただきありがとうございます。面白い作品がたくさんある中、視覚障害をテーマにした内容で、しかも初執筆の下手な物語を読んでいただけて感謝、感激でございます。
視覚障害者への理解が少しでも進めば良いなと、この物語を投稿いたしました。
拙い文章で読みにくいところもあったと思いますが、本当にありがとうございました。