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主な登場人物

川上かわかみ あお

32歳 男性 視覚障害者 マッサージ師


佐藤さとう 美彩みさ

28歳 女性 蒼が務めるクリニックで受け付けをしている


深沢ふかざわ 彩佳あやか

女子高校生 蒼と佐藤が務めるクリニックの常連患者


花岡はなおか 優奈ゆうな

女子高校生 彩佳の親友


山下やました

蒼と佐藤が務めているクリニックの常連患者で花壇係


田中たなか

蒼と佐藤が務めているクリニックの院長先生 医師

 季節はすっかり夏本番を迎えていた。連日、空は青く強い日差しが照りつけていた。蒼の務めるクリニックの駐車場脇にアル花壇も夏野菜が実り始め、ひまわりの花が咲いていた。

 蒼の務めるクリニックは朝9時からの診療だが、蒼や佐藤といったスタッフたちは8時30分ころに出勤してきていた。

 いつものように蒼が出勤してきて、ちょうどクリニックの前まで来るとクリニックの前に誰かがいるようだった。

「おはようございます。」誰だかわからなくても蒼はとりあえず挨拶をした。

「あっ、おはようございます。」受付の佐藤だと、蒼は声を聞いてわかった。

「佐藤さん、外でどうなさったんですか?」蒼が尋ねると

「ちょっと聞いてよー。また、犬のフンなのよ!」最近、よくクリニックの玄関前に犬のフンが落ちているのだった。そのたびに佐藤が掃除をしてくれているのだった。

「佐藤さん、ありがとうございます。それにしても、こう度々ってのも、同じワンちゃんの仕業なんでしょうか?」蒼が言うと

「そんなの知らないわよ。でもワンちゃんが悪いわけじゃないでしょ?私が怒っているのは飼い主が自分の愛犬にわざわざここでフンをさせて、そのまま放っていく行為よ!」

確かに、その通りだと蒼は思った。ただここでフンをさせたかどうかはわからない。他でしたフンをここに持ってきて捨てた可能性も十分にあると思っていた。どちらにしろ卑怯なヤツだと蒼は思った。

 佐藤がフンを片付け、蒼と二人クリニックに入ってきた。

「おはようございます。」蒼と佐藤は院長に挨拶をした。

「ちょっと院長、聞いてくださいよ!今、また犬のフンがしてあったんですよ。」佐藤が院長に報告した。

「ふむ。最近多いな。クリニックというところは、患者の立場からすれば、病気を治してもらえるありがたい場所である一方、思うように治らなかったり、自分が望む治療法ではなかったり、とかく恨みを買いやすい。なので、ある程度の嫌がらせは仕方ない部分もあるとは思うが、これ以上エスカレートするようなら、何か対策を考えないといかんね。」院長はそう言って佐藤と蒼をなだめて、診療開始の準備をするよう促した。


 数日後。蒼が朝、いつものように出勤してくると、クリニックの前に何人かが集まって何やら話をしているようだった。声からして、受付の佐藤と常連の山下、そして彩佳と優奈もいるようだった。

「おはようございます。みなさん、集まってどうしたんですか?」蒼が尋ねると

「ああ、川上先生か。きゅうりが盗まれタンだよ。」山下が答えた。

「え?きゅうりが。他の野菜は大丈夫だったんですか?」蒼が聞き返すと、今度は佐藤が

「夜の間は駐車場の入り口に一応鎖をしてるでしょ?だから、たぶん犯人は敷地内には入ってないのよ。」

優奈がさらに続ける。

「道路からフェンスの隙間に手を入れて取ったんじゃないかな。」

「なるほど、だとすると、道を歩いてて、立派に実ったきゅうりを見て、取っちゃったって感じですかね?」蒼が言う。

「でも、山下さんが一生懸命に育てたきゅうりを盗むなんて、なんだか悔しいです。」彩佳が言う。

「このことも院長の耳に入れておくね。何か対策を考えてもらわないと、最近は犬のフンの件もアルし・・・。」佐藤が言うと

「ああ、よろしく頼むよ。こういうのって気分良くないからな。」山下がそう言うと花壇の方へ行って農作業を始めた。

「じゃあ、私たちは夏期講習に行ってきまーす。」「また、近いうちに来ますね。」優奈と彩佳はそう言って歩いて行った。蒼と佐藤はクリニックの中に入っていった。

 佐藤が院長にきゅうりの盗難を報告すると

「そうか、わかった。フン騒動に盗難か。一応、クリニック周りには夜間に人を検知して点灯するセンサーライトは付けているんだが、防犯カメラも付けることにしよう。それでもおさまらない時は、警察に相談するしかないか。」院長は渋い顔をして言った。


 数日後。

「それで、どうなったんですか?」優奈が蒼に聞いてきた。

「はい。院長先生が防犯カメラを付けてくれると言ってます。来週にも付けてもらえそうです。」蒼は優奈を施術しながら答えた。優奈と彩佳は現在夏休み中で、今日は朝から二人でプールに行っておもいっきり遊んできたという。そして、そのクールダウンとして優奈は初めて蒼の施術を受けているのだった。すぐ横には、彩佳が自分の番を待っていた。

 蒼は小さい頃から運動が大の苦手だったが、水泳だけはそれなりに、人並みには泳げた。なので、小・中学生のころはプールが好きだった。しかし視力の低下とともにだんだんとプールにも行かなくなっていて、もう10年近く泳いでいない。

 プール帰りの彩佳と優奈の体から発せられる塩素の匂いで、蒼は、よくプールに行っていたころを思い出しながら施術をしていた。

 ポコポコポコ・・・パンパンパン・・・ポンポン、サッサー

「はい、どうもありがとうございました。じゃあ次は深沢さんですね。」優奈に最後の叩打法と軽擦法を施して蒼は言った。

「ありがとうございました。あー、何か体が軽くなったみたい!優奈が言った

「ありがとうございます。よかったらまたいつでもどうぞ。」蒼は答えた。優奈と彩佳は治療台を交代し、蒼は続けて彩佳の施術に入った。「防犯カメラ、付けるんですね。それで、犬のフンや野菜泥棒の被害がなくなるといいですね。」彩佳が言った。

「ええ、『防犯カメラ作動中』」の張り紙も目立つ場所に貼り出すって言ってたから、それなりの抑止効果はあるんじゃないかと思います。」蒼は院長が言ってたことを彩佳と優奈に言った。

「でもさ、一日プールで遊んで、その後マッサージって最高だねー。」優奈が言った。

「うん、そうだね。」彩佳も同意した。

「そだ!ねえ、今度お盆休みでクリニックが休診の時に、佐藤さんを誘ってプールに行こうよ?」優奈が彩佳に言った。

「うん。私はいいけど、佐藤さんの都合を聞かないと・・・。」彩佳が答えた。

「うん、じゃあ、佐藤さんに聞いてくるね!」そう言って優奈は治療室を出て行った。

「若いっていいですねー。」蒼がつぶやくと彩佳がぷっと吹き出した。

「先生、お年寄りみたいですよ。」

パタパタと足音が治療室に近づいてきて

「佐藤さん、OKだって!」優奈が治療室の中に向かって嬉しそうに言った。

「やったー!よかった。」

彩佳が嬉しそうに答えた。

「佐藤さん、どんな水着着るのかなー?」優奈が言うと

「佐藤さん、スタイルいいから、どんなの着ても似合いそう。」と彩佳。二人の会話を蒼は黙って聞いていた。

「あっ!川上先生、私たちや佐藤さんの水着姿を見たくなっちゃったんじゃないですかー?」優奈がニヤニヤ聞いてきた。

「そりゃ、まぁ・・・。」蒼はあいまいな返事をした。

「きゃー!先生、むっつりスケベー!!」優奈がキャーキャー言っていた。

 そりゃ、見られるモノなら、何でも見たいよ。でも、水着姿を見せてくれたとしても今のボクには見えないんだよ。もしも、目の前に全裸の美女が立っていても、気づかずに通り過ぎるだろうと、蒼は自虐的なことを思っていた。


 それから1週間後、警備会社の人が来て、クリニック周りに防犯カメラを設置していった。クリニックの玄関、自転車置き場とスタッフ用の勝手口そして駐車場と花壇を写すように複数台のカメラが設置された。

 この日は珍しく院長の診察も早く終わり、蒼と他のスタッフたちと同じ時間帯で仕事を終えることができた。スタッフそれぞれ私服に着替え帰って行く。蒼も着替えてクリニックの外に出ると、花壇の前で佐藤が山下と話していた。

「駐車場のあそこにカメラがあるので、駐車場と花壇がバッチリ写りますよ。」佐藤がカメラの方を指さして山下に防犯カメラの説明をしていた。

「そうか!今回は院長先生すぐに動いてくれたな。カメラが付いて、お盆休みの間も安心だな。」山下が感想を言った。そこに蒼が来た。

「山下さん、精が出ますね。」蒼が山下に言った。

「おう!植物は毎日ちゃんと世話してやらんとな!」と山下は胸を張って答えた。

「じゃあ、お盆休みの間もクリニックに来て、野菜やお花の世話をされるんですか?」蒼が尋ねると

「あったりまえだ!」山下はガハガハ笑って言った。

「それは、お疲れ様です。」蒼は頭を下げた。

「私たちはお休みをいただきますので、山下さん、よろしくお願いしますねー。」佐藤はにこやかに言った。

「おうとも!みんなはゆっくり休んでくれや!その間はオレがここを守ってるぜ。」山下が張り切っていった。

「あはは、山下さん、頼りにしてます!」佐藤と蒼、山下の三人は笑い合った。

「それじゃあ、また!」佐藤と蒼は山下に挨拶して帰路についた。佐藤と蒼は途中まで同じ方向なので、いっしょに歩いた。蒼は佐藤の肩に手を置いて、手引きしてもらっていた。

「佐藤さん。」蒼は佐藤に呼びかけた。

「ん?何?」佐藤が答える。

「いつも佐藤さん、忙しそうで、なかなかお話する機会がなくって。」

「うん、そうだね。最近はホント忙しくって・・・。」

「ぼく、佐藤さんには、すごく感謝してるんですよ。」蒼がそう言うと、佐藤はびっくりしたように目を大きく開いた。

「え?何で?私、何にもしてませんよー。」佐藤が答えると、蒼は大きく首を横に振って

「そんなことないです。佐藤さんは、いつもぼくに明るく声をかけてくれますし、ハナエさんが亡くなったって聞いたときも、ぼくが落ち込まないようにわざと明るくしてくれて・・・。」

「もう!川上さん、大げさですよー。そんなの一緒に働く仲間なんだから当たり前じゃないですかー!」

「当たり前?・・・それを当たり前って言って当たり前にできる佐藤さんが素敵だと思います。」蒼が力を込めていった。

「ああー、もう、やめてくださいー。そんな風に褒め殺しにされたら、気恥ずかしすぎますよー。」佐藤は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

「ごめんなさい。でも、ありがとうございます。」蒼は小さく言った。

「はいはい、手引きはここまでですよー。私、こっちだから。川上さん、ここから気をつけて帰ってくださいね。」佐藤と蒼は交差点まで来ていた。ここからは蒼がまっすぐで、佐藤の家は右の方角だった。

「ありがとうございました。佐藤さんもお気をつけて!」蒼と佐藤は「またね。」と言いながらそれぞれの帰路に分かれた。


 お盆休みは終わり、日常が戻って来ようとしていた。8月上旬に防犯カメラが設置されて以来、今のところはフン被害も野菜泥棒も起きていない。

 いつものように朝、蒼は出勤するためにクリニックに向かって歩いていると、蒼の背後から明るい声がかけられた。

「おはようございまーす。」受付の佐藤だった。蒼も佐藤に挨拶を返した。

「お盆が終わっても、暑さは終わらないですねー。」佐藤が話しかけてきた。

「そうですね。・・・そういえば、お盆休みに深沢さんや花岡さんとプールに行かれたんですか?」蒼は佐藤に聞いてみた。

「え?行きましたけど、それが何か・・・?」佐藤は蒼に聞き返した。

「いや、前に深沢さんと花岡さんが、その話で盛り上がってたなーと思いまして。」と蒼は答えた。

「うん。すっごく楽しかったですよー。でも、アラサー女子が水着で、ピチピチの現役女子高生と並んで一緒にいるのは結構キツかったわー。って、何言わせるんですかー!」ちょっと怒ったように佐藤が言った。

「ぼくは何も言わせてませんよ。」蒼は反論した。

「あ!私たちの水着姿、想像してたんじゃないんですかー!?」と佐藤が言った。

「してませんよ。」蒼が答えると

「優奈ちゃんが『川上先生はむっつりスケベだから気をつけて!』って言ってましたよー。川上先生のえっち!」と佐藤が茶化すように言った。

「はいはい。そうですか。」蒼は話題に失敗したなと思った。


つづく

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