1
初めて物語を書きました。未熟なところだらけだと思いますが、読んでいただける人がいれば嬉しいです。
主な登場人物
川上 蒼
32歳 男性 視覚に障害がある マッサージ師
佐藤 美彩
28歳 女性 クリニックの受付
若い女性
蒼に声をかけてくれる若い女性
ポコポコポコポコ・・・パンパンパン・・・ポンポン。
心地よい叩打法の音が鳴り響いた。叩打法とはマッサージの手技の一つで、軽く叩く手技で、拳打や合掌打、空気打など多彩な種類がアル。
「はい、ありがとうございました。お疲れ様です。」
マッサージの最後に仕上げとして軽擦法を施し、川上 蒼は患者に声をかけた。軽擦法とは手のひら全体で患部などを軽くさすることである。
「ん。、ああー すっきりしたー。ありがとう。」
そう言いながら、マッサージを受けていた患者は起き上がった。
時刻は、間もなく午後6時になろうとしていた。蒼は次に待っている患者がいないことを確認すると片付けを始めた。先ほどまで施術を受けていた患者は、身支度を調えると
「ありがとう。」と治療室を出て行く。蒼も「お大事に。」と声をかけた。蒼の務めているクリニックの診療時間は午後6時までなので、今日はこれで終わりのようだった。
蒼は今日、お昼ご飯を食べている時に奥歯の詰め物がとれてしまったので、仕事が終ってから駅前にある歯医者に行こうと思っていた。蒼は、手際よく帰り支度を始め、私服に着替え、他のスタッフに帰りの挨拶に行った。
「あっ、お疲れ様でしたー。今日は特に早いですねー。」と受付の佐藤が明るく言った。
「ええ、これから歯医者さんに行こうと思いまして・・・。」
「ああ、そうだったんですね。気をつけて行ってきてください。じゃあ、また明日!」
「はい、ありがとうございます。また、明日です。」と、挨拶を交わし蒼は足早にクリニックを後にした。
クリニックを出た蒼は、徒歩で駅前にある歯医者に向かった。クリニックを出て右に行くと、保育園の外塀に突き当たるので、左に曲がった。しばらく歩くと保育園の向こうに神社があり、蒼は保育園と神社の間にある細い路地を通り抜けるために、右に曲がった。そこから先は、住宅街の道路が駅前の国道まで上り坂が続いている。
歯医者の診療時間は午後7時まで。蒼は手首のスマートウォッチのボタンを押した。
「18時11分です。」と、合成音声が時刻を教えてくれた。クリニックから駅前の歯医者まで蒼のペースで徒歩15分ぐらいだろう。余裕で間に合うなと蒼は思った。
保育園と神社の間の路地を通り抜け、住宅街の上り坂を上っていく。この上り坂はきれいにまっすぐに伸びているのではなく、微妙に右に左に曲がっている。おそらくは昔、農道だったのをそのままに田畑が住宅地になってしまったからだろうと蒼は思っている。
上り坂の2/3ぐらいまで上がってきたところで蒼は違和感を感じた。
「道、間違えたかな?」蒼はつぶやいた。しかし、蒼の進行方向からは、駅前の国道を行き交う自動車の音が聞こえている。歯医者は、駅前の国道沿いにあるので、とにかく国道に出ればよいのだからと、蒼は自動車の音のする法へとそのまま歩を進めた。
坂道をどんどん上がっていき、もう少しで国道に出られると思ったところで、前に低いブロック塀が現れた。蒼は左右を確認したが、国道を目の前に40~50センチぐらいのブロック塀が国道へ出られないように続いているようだった。
蒼の眼前数メートルのところには自動車が行き交っている。歯医者は、国道に出て左に曲がった先にアルので、蒼はとりあえず国道前に現れたブロック塀沿いに左へと向かった。数メートル行くとフェンスがあって、それ以上は進めなかった。このままでは駅前の方に行けない。フェンスに沿って少し左へ歩こうとすると、白杖が自動車らしきものに当たった。蒼は反対の手で自動車が止めてあるのを確認した。しかたがないので蒼は一度、さっきブロック塀に突き当たったところまで戻ることにした。数メートル戻って、蒼はスマートウォッチで時刻を確認した。
「18時24分です。」
まだ、大丈夫だな。さてどうするかな?と蒼が思ったとき、若い女性の声がした。
「あの・・・大丈夫ですか?何かお手伝いしましょうか?」
蒼のいるところから低いブロック塀を挟んで国道側から、その声はした。蒼はホっとして言った。
「ありがとうございます。駅前の歯医者さんに行く途中で、迷ってしまって。国道の歩道に出たいのですが・・・。」
「 ちょっとそこで待っててください。」と若い女性が言って、5、6m走って行ったと思うと、こちら側に回り込んで来てくれた。
「えっと・・・右手で白い杖をお持ちなので、私は左側に立った方がいいですよね?」と若い女性は蒼に尋ねた。
「はい。ありがとうございます。肩をお借りします。」と蒼は若い女性の肩に軽く手を乗せた。この若い女性の話では、どうやら駐車場の中に入り込んでいたようだった。蒼はこの女性に手引きをしてもらい、駐車場を出て国道の歩道に立った。
「どうも、ありがとうございました。とても助かりました。」蒼がそう言って頭を下げた。
「いえいえ。私、目の不自由な方に声をかけるの始めてだったんですけど、失礼なかったでしょうか?」
「とんでもない!失礼どころか めちゃくちゃ的確で本当に助かりました。」と蒼はそう伝えた。
「それは良かったです。前に学校の総合学習で、障害者の方との接し方を習ったばかりだったので・・・。」と女性は照れながら言った。
「あの・・・歯医者さんまで一緒に行きましょうか?」と申し出てくれたが、そこまで甘えることはできないと思った蒼は
「ここからは歩道をまっすぐなので大丈夫です!ありがとうございました。本当に助かりました。」
ともう一度、深く頭を下げ、女性と別れた。
蒼は子供の頃から目が悪かった。それでも、小学生低学年のころは、0.4ぐらいは見えていた。しかし、成長とともに視力と視野は少しずつながら徐々に落ちていった。最近ではぼんやりしか見えなくなっている。もう色もほとんどわからない。例えるならば深い真っ白な霧の中にいるような感じだ。知っている道でさえ、今回のように自分が歩いている場所がわからなく、迷い込んでしまうことが多くなってきていた。
若い女性と別れた蒼はその後、歯医者に向かい歩き出した。歯医者はここから約200mほど。国道の左側なので、国道を渡る必要はない。歯医者の建物の前は駐車場になっている。歯医者に向かって左側は薬局で右側には不動産屋があり、歯医者と不動産屋とのあいだには電柱があるので、それを目印に蒼は歯医者に午後6時35分ごろ無事に入ることができたのだった。そして、歯の治療を受けることができたことは言うまでもない。
つづく