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前編

 拝啓、我が頼れる親友、ウィルフレッド殿。


 この度は遠路、ラッフェルフェンまでお越しいただけることに厚く御礼申し上げます。


 道中はいかがでしょうか? まだ雪の降る季節ではありませんが、常春の国と謳われるバンクレールに比べれば、我が国はずいぶんと肌寒く感じられるはずです。北国出身のウィルフレッド殿は慣れていらっしゃるかもしれませんが、奥方のフィーゼ殿には堪えるかもしれません。どうぞ風邪など召されぬよう、お気をつけてお越しください。


 さて、それでもう数日もすれば直接お会いすることになる、というのにお手紙を差し上げた理由ですが……ウィルフレッド殿ーーここからは昔のようにウィル殿と呼ばせてくださいーーに親友として、結婚生活の先輩として、折り行ってお尋ねしたいことがあるのです。


 ご承知の通り、私はもうすぐバンクレール王国の第2王女リーゼ殿と結婚いたします。私より5歳年上の頼れる、そして可愛い王女様です。ご承知もなにも私達の結婚式のためにご足労頂いているのですが……それはさておいて、私はどうやらやらかしてしまったようなのです。


 具体的には、数日前からリーゼ殿が口をきいてくれません。それに目を合わせようとすると、そっぽを向いてしまわれるのです。


 ーーこんなことを次期女王の夫に相談するな、と思われるかもしれません。しかし、こういったことを聞きやすい友人、と考えて真っ先に思い浮かんだのがウィル殿なのです。留学時代にはとてもお世話になりましたし、それにウィル殿は昔は恋多き男として、今は愛妻家として有名でいらっしゃいますから……


 それでリーゼ殿とのことですね。


 まず、これは一番大事なことなのですが、リーゼ殿はそれはそれは可愛らしく、素敵な方でいらっしゃます。確かに私達は紛れもない政略結婚です。しかし、彼女が送ってくださる手紙に一喜一憂し、遠い国の彼女に思いを馳せること数年。初めて彼女と対面した際には感極まって、その場で抱きしめそうになりましたーーもちろん、そのような不躾なことはしませんでしたが……


 いきなりほとんど知り合いのいない土地にやってきた、リーゼ殿の不安は図りしれません。しかし彼女はラッフェルフェンに馴染もうと、それはそれは努力してくださっています。


 彼女が到着してすぐに開いた舞踏会で、常春の国らしい可憐なドレスを身にまとった彼女の美しさは忘れられません。花の妖精もかくや、という可愛らしさでした。あまりにも素敵で言葉が出なくなってしまったのが残念です。おそらく来年の春にはバンクレール風のドレスが大流行するでしょう。ーーまあ一番似合うのはリーゼ殿に決まっているのですがーー


 ちなみに翌日の茶会では、我がラッフェルフェン風の可愛らしいデイドレスをまとってくださいました。ご存知のとおり比較的涼しい我が国は、ふんわり厚手のドレスが多いのですよね。


 袖と裾にたっぷりと布を使ったドレスを着た彼女は人形のように可愛らしく……また言葉を失ってしまいました。ーーそうそう、ウィル殿ご所望の、奥方へプレゼントするラッフェルフェン風ドレスはきちんと用意してありますよ。楽しみにしておいてください。


 あと……そうです。ウィル殿から「婚約者に対する接し方」と題してお手紙頂いたのもこの頃でしたね。ありがとうございます。もちろんしっかり実践しておりますよ。


 まず、贈り物はこまめに! ですよね。我が国には恋する相手にポピーの花束を贈る習慣がありまして、もちろん私も贈らせていただきました。花束に顔を埋めるリーゼ殿はとっても可愛かったです。


 あと、二人の時間を作ること、ですよね。この前は王都の紹介も兼ねて、お忍びで街を散策しました。リーゼ殿が弟というものに憧れがある、と以前手紙に書いていらっしゃいましたので、姉弟という設定であちこち周りました。屋台で食事をしてみたり、リーゼ殿に似合う髪飾りを買ってみたりーーリーゼ殿も楽しそうにしていらっしゃいました。


 リーゼ殿はスラリとしていて、姿勢がとても良いこともあってか、すごく凛として見えます。でも公じゃない場だと表情がくるくると変わって、それがまたとっても可愛らしくもあるのですよね。


 それから、生活環境を整えること、ですね。これも抜かりはありません。私室、衣装部屋、それに夫婦で使う寝室といったものはしっかりと整えてあります。すでにリーゼ殿にも確認いただきました。おそらくお気に召していただけたのではないかと。


 ーーまあ、もっとも寝室については当分別にするつもりで、彼女にもそう伝えてあります。なにせ私達は政略結婚です。たとえリーゼ殿が私の初恋で、生涯でただ一人愛を捧げる女性だ、といっても彼女には関係ないでしょう。

 私達は長年文通こそしていたものの、リーゼ殿がこちらへいらっしゃるまでは、数える程しか会ったことはなかったのです。

 いくら夫といえ、いきなり距離を詰められるのは心苦しいでしょうし、一人寝の方がくつろげるでしょう。思慮深い彼女であれば、嫌だ、とは言えないだろうことが分かるので、なおさらです。


 彼女は本当に素敵な人で得難い方です。私の誕生日にはリーゼ殿から刺繍を入りのハンカチーフをいただきました。わざわざ、手ずから刺してくださったのです。以前ウィル殿は刺繍入りのスカーフを奥方からもらった、とずいぶん喜んでいらっしゃいましたが、今はそのお気持ちが手に取るようにわかります。

 ところでこのハンカチーフは大事にしまっておくべきなのでしょうか? それとも頂いたからには大切に使うべきなのでしょうか?  悩むところですね。ウィル殿はどうしていらっしゃいますか?


 あっ! 違います。流石にこれが相談事ではありません。こんなことに早馬を使ったら、いくらなんでも怒られますーー相談事はもう少し深刻な話です。


 こんな感じで、順調な婚約期間を過ごしている、と私は思っていたのですが、数日前から急にリーゼ殿の様子が変わってしまったのです。


 最初に申し上げた通り、公の場で必要な以外は話してくれません。

 初対面のときから、少しずつ仲を深めてきたつもりだったのですが……やはり私はなにか大きな間違いを犯してしまったのでしょうか?


 私達は王族である以上、少なくとも表面上は仲が良いことが求められます。ですが私はリーゼ殿と上辺だけでなく、愛し合う関係になりたいのですーーそうウィル殿と奥方のようにーー


 ウィル殿も奥方の今の関係になるまでには、紆余曲折あったとお聞きしております。どうか、その経験も踏まえ、リーゼ殿と仲直りをするためのコツを教えていただけないでしょうか。


 なんとも情けないお願いでありますが、正直八方塞がりなのです。ウィル殿のお力をお借り出来ることを切に願っております。


 追伸


 リーゼ殿は、ウィル殿と奥方にお会い出来ることを、それはそれは楽しみにしておられるようです。もちろん私もウィル殿と久しぶりにお会いできるのが楽しみです。どうぞくれぐれも道中ご安全に、我が王宮でお待ちしております。






「……私は何を読まされているんだ……」


 ウィルフレッドは滞在している辺境伯の屋敷の一室で、思わずそう呟いた。彼が手にしているのは、隣国、ラッフェルフェンの王太子フレンがよこした手紙である。


 ウィルフレッドとフレンの間には10の年の差があるのだが、フレンがウィルフレッドの祖国に留学した時に意気投合し、以降、歳の離れた友人としてよく手紙を交わし合っている。


 ウィルフレッドはラッフェルフェンよりもさらに北にある小国の第三王子だ。気ままに独身を謳歌していたのだが、この付近では大国であるバンクレールの次期女王、フィーゼ王女に一目惚れされ婿入り。最初こそフレン相手に愚痴だらけの手紙を出していた彼だが、結局王女にほだされ、王国随一の愛妻家として知られるようになる。


 その過程では、ずいぶんとフレンにも世話をかけている。故にほとんど惚気で構成された手紙に頭を抱えつつも、それを無碍にすることも出来ないのだった。


「……どう考えたって二人共なんか誤解してるだろ。フレンは口下手な上に恥ずかしがりだし……」


 自分と会って多少改善したとはいえ、よく言えば品行方正、悪く言えばクソ真面目な王子様の姿をウィルフレッドは思い浮かべる。


「リーゼ殿もそんなに積極的なタイプじゃないってフィーが……というかーーこのままじゃまずいか」


 彼の妻フィーゼは大国の女王になる人物らしく、血気盛んでかつ妹を溺愛している。結婚前から喧嘩したなんてことが知られたらーー本当に外交問題に発展しかねない。


「とりあえずどうすべきだ?ーーいや、まあ、話し合うしかないだろうが……っフィー!?」


 まさにこれから結婚式を迎えよう、という親友に思いを馳せていると、急にグッと肩に重みがかかる。それは彼の最愛の妻、フィーゼだった。


「ど、どうしたの? フィー? 湯浴みは済んだ?」

「ええ、ウィルーーところでどうしたの? 手紙を見ながらブツブツと……なにかあった?」

「いや、フレンがねーーま、彼もいろいろあるみたいだ」


 我ながら下手なごまかし方だ、と思うウィルフレッドだが、妻相手におかしな嘘をついてはいけない、というのは彼が結婚生活で学んだ最大の教訓である。


 幸い彼の妻は他に気がかりがあるらしく、ウィルフレッドのごまかしには触れないでいてくれた。


「そう……フレン殿下が……そうよ! それで思い出したわ、聞いてよウィル。フレン殿下がずいぶんとリーゼを怒らせたそうなのよーーいやあれは困惑した、かしら。とにかく! 彼ならリーゼを任せられると思ったのに!」

「フィ、フィー? そういえば、この前手紙を読みながらずいぶん怒ってると思ったけど、もしかして……」

「ええ、そうよ。フレン殿下ったらーーごめんなさい、流石に内容は秘密ね。とにかくあのヘタレ王子が結婚式前に盛大にやらかしたのよ」

「あーあー……まあ、彼は生真面目過ぎるところがあるからね」


 そう言いながらウィルフレッドはゆっくりとフィーゼの蜂蜜色の髪を撫でる。ずいぶんご立腹だったフィーゼもこうしていると、少しずつ落ち着いてくる。


 そんな彼女がまた、ウィルフレッドにはこの上なく可愛いのだ。


「まあ、ある程度なら喧嘩もするものさ。きっと仲直りすればもう少し距離も近づくだろう。僕たちは見守るしかないーーところでフレンが寒くないかって心配してたよ。私はこのくらい慣れてるけど、フィーは違うだろう?」


 北国出身のウィルフレッドと違い、フィーゼは常春の国バンクレールからほとんど出たことがない。ウィルフレッド同様、すでに夜着姿のフィーゼはその上からふんわりとした温かそうなガウンを着ているが、それでも心配なものは心配だ。


「大丈夫よ、ウィル。しっかり温まってきたし、温かい服も用意してきたわ。ーーでも……せっかくならウィルに温めてもらおうかしら」


 そう言ってフィーゼは後ろから肩に回していた手を解き、ソファに座るウィルの膝の上へと陣取る。相変わらずな彼女にウィルフレッドは口角を上げ、後ろから腕を回して彼女を抱きしめた。


「もちろんーーお望みのままに」


 そうして、彼女の顎に手を添えて振り向かせ、まずは軽く口付けを落とす。早く陽が沈む辺境の夜は長い。


「ーー返事はちゃんと明日出すからね……」


 切羽詰まっているらしい友人に、ちょっぴり申し訳なく思いつつ、ウィルフレッドは蜂蜜色の髪に顔を埋めるのだった。

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