92
「お待たせしました」
祷が受付を済ませた後、程なくスーツ姿の男性が現れた。
学生の身であるわたしたちにも、丁寧に挨拶をしてくれた。
「この度は貴重なお時間をいただきましてありがとうございます」
祷も丁寧に礼をする。穂積さんも合わせてお辞儀をした。
わたしと柊もあわてて続く。
男性は爽やかに微笑むと、「こちらです」と、彼がきた方向とは逆の方に歩き出した。扉のセキュリティを解除して中に入っていく。
この人が担当者か。
ネイビーの上下。ホワイトのシャツにスーツと同じくネイビー無地のネクタイ。胸ポケットにはホワイトのチーフが覗いていた。
足元は黒い革靴。鏡面のようとまでは言えないが、よく磨かれている。
見た目は二十代後半だが清潔感があり派手ではない服装が落ち着いて見えた。
髪型はセンターパートでショートからややミディアムといった長さの髪に少しだけ緩やかにウェーブがかっていて、その点だけ年相応な軽妙さがあった。
プライベートでは意外と軽い感じなのかもしれない。でも、あのしっかりとした対応を見るに、オンオフの切り替えははっきりとしていそうだ。
同じような扉が続く廊下を進む男性についていく。最奥を曲がったところの突き当たりにある部屋は、扉の形状が異なっており、両開きだった。
そうか、音楽室のような部屋と言っていたから、他の会議室みたいな部屋とは違うんだ。
「こちらです。どうぞ中へ」
重そうな防音扉を開け、中へ促された。
電源などがついている長い机。WEBカメラが備え付けられていて、机の入り口側の先にはPCやその他の機器が接続されていた。その先の壁面には大型のモニターがかかっている。
天井にはプロジェクターも付いていた。
部屋の端の方には音響設備が集められている。
壁面は有孔ボードになっていた。
端の方には踊るに充分なスペースもあった。
「大きい荷物はそちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
言われた場所に祷とわたしはスルドケースを、穂積さんと柊は衣装の入ったバッグを置いた。
「改めまして、姫田祷です」
楽器を置き、戻ってきた祷は名刺を出して挨拶をした。
「広報の安達です」
安達という担当の方も名刺を出した。
「無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます。パフォーマンスを監督するのは彼女です」
「はじめまして、入船穂積と申します」
祷に紹介された穂積さんが落ち着いた様子で名刺を出した。
大学生ってみんな名刺持ってるの?
「その補佐を担うのが彼女です」
「えっ、あっ、穂積の妹の入船柊です。よろしくお願いします」
そうだよね、急だよね、こういうのも練習しておきたかった。
でも柊は慌てたようだったが、ちゃんと挨拶できてたと思う。さすがに柊は名刺は持っていなかった。良かった。
「そして、プレゼンターを担うのが彼女です」
「姫田願子です。姉がお世話になってます! よろしくお願いします!」
ま、間違えてないよね? 姉がお世話になってます、はこの段階ではおかしい?
あ、柊みたいに、祷の妹だと名乗らないと、いけなかった?
気、気にしちゃダメだ。次に影響が出る。