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「駄目に決まっているじゃない。お医者様が推奨していないのでしょう?」
そう言ったお母さんの顔は、進学先の中学校を決める際、地元の公立校に通いたいと言った時に見せたものとなにも変わっていなかった。お母さんは、昔からなにも変わっていない。
嘘はつきたくない。でも今までは都合の悪いところは隠したりもしてきた。
清廉潔白になんて生きられないけれど、少しでも正々堂々とできたらなと思った。
好きなことに対してなら尚更だ。
それが、怪我を得てわたしのことを人生や気持ちまで含めて、真剣に考えてくれたキョウさんやハルさん、他にもたくさんの『ソルエス』のおとなのみんなの気持ちに応えることになると思った。
表立ってではなくても、何気ない言葉や手助けで、わたしの生活や心のケアをしてくれた祷や柊に示せる真摯さに繋がると思った。
だから、起こったこと、言われたこと、その全てをできるだけ正確に伝えた。
伝えたからと言って、真意が伝わるとは限らない。
確かにハルさんはそういう言い方をしたが、その前後には文脈がある。
医者という立場上、僅かでもリスクの残るものを推奨し得ない。その言葉の裏には葛藤があった。
そして、経緯経過を経て、同じハルさんからはわたしの決定を、意思を、尊重してバックアップをしてくれるとの発言を得ている。
「でも、そのお医者であるハルさんが、わたしが決めたことならサポートしてくれるって」
「それは、本人の決定を止める権利もないからでしょ? 本人がやるって言い張ってるなら、お医者様としてはサポートするしかないでしょ。
意思を決定する側が思い違いしてたらどうしようもないじゃない」
確かに前半はその通りだけど......。思い違いってなに?
「そのひとが言う通り、甲子園の決勝ならわかるわ。受験の日とかもそうよね。無理をしてでもというときはあると思う。
そういうものとめがみちゃんは同列ではないでしょ?」
無理をするに値しないと、お母さんは言っている。
ちがう。ちがうのに。
ハルさんは、長い人生で訪れる、人生に於ける大事の重さは、他者に計れるものではないとも言っていた。そのニュアンスはどうしても伝わらない。
お母さんはあくまでも、お母さんの価値観で物事を計り、語り、他者の価値観に歩み寄らないのだから。
相談をした当初は、「もうほぼ完治しているのだろう? チームの皆さんがカバーしてくれるというのなら構わないのではないか?」と言っていたお父さんも黙ってしまった。
お母さんが言っていることは間違っているわけではない。
けど、わたしや、『ソルエス』のみんなの気持ちや心意気は届かない。
表面だけで捉えれば正しいと思えるお母さんの言葉に、否定的な返し方をしてしまったことがお母さんを不機嫌にさせてしまったようだ。
お母さんの表情は既に憮然としたものになっており、話を打ち切るような雰囲気を出されていた。