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祷はデスクのチェアを、ソファの前にある小さなテーブルの右辺の位置まで移動させて腰をかけた。デスクの横にはキョウさんが作ってくれたスルドケースが置いてあった。
「スルド、持って帰ってくれたんでしょ? ありがとう。あと、今日はごめんなさい」
御礼もお詫びも素直に言えた。なにより、祷に促される前に、自分から言えた。
キョウさんに、もう大丈夫と言ったのだ。
わたしはもう、祷ときちんと向き合える。
「がんちゃんは、『ソルエス』も、『ソルエス』のひとたちも、大好きなんだね」
祷の笑顔はいつだって優しくて、身を任せてしまえば心地良いのだろうなと思わせる。
「うん。みんな親切だし話しやすくて一緒にいて楽しい。スルドも気持ち良くて好き」
「そっか」
祷は嬉しそうだった。わたしが好きなものを見つけたのが、本当に嬉しいのだと思う。
「私も今日ね、あの後、スルドっていうの? がんちゃんがやってるのと同じ楽器体験させてもらったよ」
そうなのか。
「がんちゃんが夢中になるの、よくわかっちゃった。大きな音が身体を抜けていくような感覚。自分も楽器の一部になって、音を放つような感覚が、音を出すたびに自分が更新されるみたいで気持ち良いね。
他の楽器じゃなかなか味わえないと思う」
前半はわたしも感じていた感覚だ。後半はよくわからない。わたしには、まだ分かり得ない感覚なのかも。
楽器の経験があり、もしかしたらセンスもある、祷はわたしよりも、楽器や音への理解度や解像度が高いのかもしれない。
心がざわつく。
でも、大丈夫。向かい合うと決めたから。
「祷もやるの?」
祷は少し考えるような顔をし、また柔らかい表情にもどって、回答の代わりに言った。
「私が同じチームにいたら、がんちゃんは嫌?」
祷にはきっと、わたしの中のささやかで、他人から見たら取るに足らないような決意に気付いてくれている。そして、それに付き合おうとしてくれている。
「うん、嫌だなって思った」
だからわたしは、誤魔化さず濁さず、まっすぐ祷に想いと考えを伝え、言葉を重ねようと思った。
「それは、私が嫌いだから?」
祷は変わらず優しい声と穏やかな笑顔だったが、流石に少し悲しそうな翳りを表情に顕していた。
そんな顔をさせたのは、わたしだ。
「祷のことは嫌いじゃないよ。いつも良くしてくれたし、想ってくれているのも感じてる。だから感謝してる。
家族の中で、わたしのこと想ってくれるの祷だけなのに。
それなのに態度悪くしててごめんなさい」
祷は見守るような笑顔のまま。
わたしは祷に促されるように言葉を続けた。