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 葬儀式が終わっても、キョウさんはどこかに魂を置いてきてしまったように生きていた。


 娘のことを知り、娘の関係者に戻してもらったキョウさんは、これで許されたと思ってはいけないと、心を固く、頑なに戒めた。




「キョウさん、昔バンドやってたんだよな。うちのチームに来てよ」


 ハルさんはキョウさんを『ソルエス』に誘った。

 何度声をかけても色良い返事をくれないキョウさんを、「本当に困ってるんだ!」と、泣き落としを交えながら半ば強制的に、チームの練習に参加させたらしい。



 事実、『ソルエス』は規模が小さく、いつだってメンバー大募集で、特にバテリアの層がなかなか厚くならずに困っていた。


 その困りごとは慢性的なもので、突然起こったものでも、喫緊に対処しなくてはならないほどのものでもない。



「あンときのハル坊は、なんつーか、鬼気迫るモンがあったナ」


 少し照れたようにいうキョウさんの目は優しかった。



 ハルさんに引っ張られるように『ソルエス』で活動を始めたキョウさん。


 当時スルドは創設メンバーのひとりであるジャックさん(弧峰若人(こみねわかと))と、その妻のチカさん(弧峰誓子(こみねちかこ))しかいなかった。

 ふたりは講師がブラジルに帰ってからは、不定期に外部講師の指導を仰いだり、ワークショップで学びながらも、独学に頼る部分も多く四苦八苦していた。


 キョウさんは、一時心を通わせた娘に近い年齢の青年の困りごとを、少し助ける程度の気持ちだった。



 人数が増え、音楽経験者の知見を得、『ソルエス』バテリアの音の基礎が、少しずつ厚く固く安定的になってきた。

 三人で叩くスルドの音が、練習場で、イベントで、強く重い音を轟かせる。


 音に身を委ねている間、キョウさんは無心になれた。

 無心になれている間だけ、キョウさんには魂が戻った。


 音楽に人生を賭けていたかつての血の滾りが、戻ってきた魂を音に乗せる。


 キョウさんのスルドは、サンバの持つ激しさと、その裏に潜む怒りと悲しみとやるせなさと郷愁を虚空に解き放つ。


 その音は、空気を振動させ聴衆の耳に、心に、届く。

 音で踊るダンサーに届く。


 この頃から、『ソルエス』のバテリアは少人数ながらも音が強いと評価されるようになる。



 キョウさんはいつの間にか、サンバに心が捉われ、サンバに心が救われていた。








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