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待ち遠しかったエンサイオ。
いよいよ今日、自分専用のスルドが手に入る。ようやくバテリアの末席になれるような気がした。
今日も学校を終え、柊と一緒にエンサイオに向かう。
時期的にまだまだサンバイベントは多いシーズンだが、繁忙期としては終盤に差し掛かりつつある。一方、柊の部活は大会は終わっているものの三年生が引退し、新体制に向けて忙しくなりそうだった。エンサイオに出られる回数が減るかもしれないと言っていた。
部屋の前で柊と別れ、バテリアの練習場に入る。まだ練習ははじまっていなく、ぱらぱらと楽器単体の音が聞こえる。
すでに来ている人たちに挨拶をし奥にある控え室に向かう。まだキョウさんは来ていないようだ。
着替えを終えて練習場に戻ると、ちょうどキョウさんが練習場の扉を開けるところだった。大荷物で開けにくそうにしていた。
「おー、がんこ! 持ってきたぞ」
自分の手荷物を持っている手とは別の手に、キャリーケースのハンドルが握られていた。ただし本体はキャリーケースではなく、フェルトのような素材感でできた大きな円筒がついていた。スルドを一回り大きくしたサイズだ。
「うわ、これ、スルド⁉︎
キョウさん、ありがとう!
二週間ずっと楽しみだったんだぁ。楽しみすぎて長かったよー」
「オメーは相変わらず素直でイイな。嬉しい反応してくれる」
スルドはキョウさんが作ってくれたケースに入っていた。
ケースはキャリーケースのように伸びるハンドルと、キャスターがついていて、わたしの力でも簡単に持ち運びができる。
「そろそろイベントデビューも視野に入ってきてるからナ。
来月の祭りのパレードイベント、日程的には参加できるだろ? その日のデビュー目指してみようや」
「えっ⁉︎
うん、出たいです! がんばります!
うわー、やれるかなぁ。練習がんばろ!」
柄にもなく、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでしまった。こんなに喜んだのいつ振りだろう!
キョウさんがなんだか優しい目で見ている。
「このケースな、野外イベントでも重宝すンぞ」
キョウさんが自慢気にケースの仕掛けを説明してくれた。
ケース自体にも工夫があって、蓋は天板になっていて、テーブルとして使ったり、座ったりすることができる。
野外イベントでは、十全な環境が用意されてる場合ばかりではないらしい。
休憩や食事を少しでも助けるような意図があった。
工夫は内部にもあった。チームで作った揃いのTシャツや帽子をしまえるようになっていた。特に帽子はうまくしまわないと形が崩れてしまうので、専用の入れ場所があるのはありがたい。
カラーはミッドナイトブルーで、フェルトのような質感に見えた表面はビロードのような表情で、格好良い。さりげなく配されたチームのロゴもおしゃれだ。
キョウさん、仕事は整備士で、趣味でもバイクとかいじってるらしいから器用そうだとは思っていたけど、センスもあったのかと意外に思った。
「うわー! 素敵! すごく嬉しいです! どうもありがとう‼︎」
「おー、これからも練習に励めヨ。
イベントまで意外とすぐだしナ。
んで、これどうする? 持ち運びしやすいようにしたけど持ち帰んのはキツイだろ。練習も学校から直接だと、学校にも持ってかなきゃなンねーし」
キョウさんは、テッチャンに預かってもらうか? と提案してくれた。
テッチャンは小太鼓に相当する打楽器の『カイシャ』奏者で、いつも練習には大きな車で来ていた。車中泊もできそうなハイエースという車だ。
体験者用の楽器などはテッチャンが管理していて、いつも持ってきてくれるのだ。
今日はわたしのスルドを持ってくるために車で来たが、普段はバイクで来ているキョウさんも自身の楽器はテッチャンに預かってもらっているそうだ。
キョウさんはテッチャンに、あらかじめわたしの楽器も預かってもらえるか訊いてくれていた。
練習場から家まで持ち帰るのはなんとかなりそうだけど、確かに学校に一度持って行くのは難しい気がした。
今後のエンサイオはテッチャンにお願いしようと思うけど、今日に関しては持ち帰りたいと思った。
音の大きい楽器だから、家でしっかり練習するのは無理があるけど、少しは触りたい。せっかく自分のスルドを手に入れたのだから、数日くらいは共に生活してみたかった。
幸い次のエンサイオは日曜日だ。家から直接練習に行ける。
テッチャンにはその日に預かってもらおうと思った。