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高校生。
行動範囲が、選択肢が、見えている世界が、少しずつ増えてきて、その分だけ自由と責任も増えてきて、少しの不安と、少なからずの期待に満ちた日々。
姉の影響も、親の干渉からも、家に帰るまでは解放される。
それだけでも浮き立つ気持ちになった。
「ありがと! 助かったよー」
柊がノートを返してきた。宿題を忘れたのだそうだ。
テキストの中にある、章の最後にある五問程度の問題に回答するだけのボリュームとしては少ない宿題だ。
高校は自ら選んで入っただけあって、偶々同じ地域の子たちが集まった公立の小学校や、親の思惑で入らされていた私立の中学校と違い、比較的趣味や価値観が合う子が多いような気がしていた。
校風で選んだ人がどれくらいいるのかもわからないし、わたし自身そこまで校風にこだわってはいなく、姉から少しでも離れたい、姉のことを知っているひとがいないところに行きたいという必須条件を満たしている高校の中から、家からの距離と偏差値で何となく選んだに過ぎないのだから、気のせいだろうか。
姉の呪縛から離れられたことで、気持ちが軽くなり学校の子たちと気楽に話せるようになったからかもしれない。
誰も祷のことなど知らない世界。
小さなコミュニティじゃ神童みたいにもてはやされていたかもしれないけれど、ちょっと離れればこんなもんかと思う。
原因はどうでも良かった。とにかく心軽やかに、楽しく過ごせる日々が嬉しかった。
入船柊は、高校に入って真っ先に仲良くなった友達だ。
柊は物怖じをしない性格のようで、積極的に話しかけてくれたのだ。
柊。
かわいい名前で個性もある。けれど素直に読める。良い名前だなと思う。
柊は背が高く美人系の顔立ちだ。メイクも上手で休日に会うと大人っぽくてびっくりする。
学校にはほとんど化粧っ気のない顔で来るため、メイク時の洗練された印象はやや影を潜め、あどけなさが顔を覗かせている。
校則は然程厳しいわけではないが、バドミントン部に所属している彼女は、部活でどうせ汗だくになるからと、学校ではあまりメイクはしないのだそうだ。
部活以外にもダンスのサークルにも入っていて、健全な活発さを身体中から発していた。
魔除けにも使われる柊の名の通り、正義感が強く強気、少し棘のある時もあるが、身内や家族などを守る意識が強い子だった。
姉から離れ、両親の干渉がない場所でも、名前の錘だけは残っている。
入学初日、教室には氏名が記載された座席表が貼ってあった。同じ苗字の人もいるから、名前まで載っているのは当然だろう。
初見ではやっぱり多少いじられるくらいのことは起こる。
所詮多少だ。小学生のように大騒ぎされるわけではない。
わたしはわたしでもう慣れたもので特に思うこともなかったが、隣にいた柊が、わたしの名前をネタにしていた男子にキレてくれたのだ。