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「柊が中学のとき、着替え脱ぎっぱなしにしててママに怒られてたの。ママは結構本気のトーンなのに、柊は『はーい』なんてスマホ見ながら上の空で答えてて、答えたくせにやらないもんだからいよいよパパまで出てきて」
「ケイカの言うこと聞けないなら自分のことは自分でやれよ。俺やケイカがやることにも文句言うなよな。ケイカ、邪魔なモンは捨てちまえよ」と、凄まれたらしい。
大きな声ではない分却って恐ろしかったとは穂積さん談だけど、柊の気の強さも相当なもので全く怯んではいなかったとか。
尚、ケイカはふたりのお母さん、桂花さんのこと。
「私は私で、ママに舐めた態度とってた柊に少しイラッときてて、でも私まで柊を怒っちゃったら柊孤立しちゃうから、少し怒った雰囲気は出しつつ、散らかしてた服を片してあげたの」
穂積さんはその時の様子を話してくれた。
穂積さんと柊の過去のエピソードは、穂積さんの話し方がとても上手で、わたしの頭の中に臨場感のある映像のように再生された。
「穂積、甘やかさなくて良いよ。なんで穂積はちゃんとしてるのに柊はこうなんだろう」
呆れたように言うお母さん。多分わざと、嫌味のような挑発するような言い方をしている。
「ちょっと、勝手にやんないでよ!」
挑発にまんまと乗った柊は、お母さんにではなく姉の穂積さんに当たる。
「あんたがやんないからでしょーが!」
元々少しイラッとしていた穂積さんも参戦した。普段の温厚な穂積さんからは想像ができない。
「おねーちゃんには関係ないじゃん」
「関係あるよ! あの服、私が貸したやつじゃない! 気に入ってたんだから捨てられたら困る。ていうか、借りたもの適当に放置しないでよ」
「借りたものは借りてるうちはわたしのモノでしょ⁉︎
まだ返してないんだからおねーちゃんにごちゃごちゃ言われる筋合いない!」
「何その論理⁉︎
暴君みたいな言い方して!」
「なんかその言い方やだ!
ルイみたい!」
ルイは瑠衣といって、柊やわたしと同じ年齢のダンサーだ。
柊に誘われてはじめてサンバを観た日、見惚れてしまったあの同世代の美しいダンサーだ。
同じチームのメンバーになっても、練習は別々だし合同の時も会話はできないから、あまり話したことはなかったけど、結構つっこみ気質で、独特なワードセンスを持った面白い子だ。
真面目で少し硬いところが、わたしと似てるなと思うことがあった。
一時、柊はルイと険悪な雰囲気になっていたことがあったらしい。
言い合いがヒートアップして、お父さんにいい加減にしろと言われたふたりは、姉妹でよく似た仏頂面をさげ、柊は散らかした服をかき集め、穂積さんは貸した服をとりあげ、二階にある自室へと向かった。
「柊が私やルイにつっかかんのって、要は嫉妬でしょ? 悔しいなら努力で上回れば良いのにみっともない」
隣り合う部屋への入りしなに、穂積さんは捨て台詞のように言った。
穂積さんはきっと正しい。
でも、これはきつい。
出来の良い姉を持った妹の気持ちは、出来の良い姉にはわからない。
「むかつく! おねーちゃんキライ!」
柊は自室に入り、大きな音を立てて扉を閉めた。