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みっつの錘 ふたつめ

 ふたつめ。

 そんな自慢の長女を育て上げた両親。



 姫田(ひめた)グループ創業一族の母。

 傍流とは言え資産家の家庭で育った母は、絵に描いたような箱入りで世間知らずだ。



 地方で林業を営んでいた創業者は、少しずつ順調に業績を上げていき、複数人の従業員を迎えた段階で有限会社姫田林業を興こした。

 高度成長期に住宅需要の拡大に対応し、売上を一気に上げた姫田林業は、不動産事業や住宅事業、建材事業に投資し姫田グループとなる。

 バブル期にはビル事業や物流事業にも手を広げ、建機メーカーや家具メーカーなどを買収し、林地開発や伐採した素材の製品化なども自社グループで完結できる大企業となった。

 あくまでも自社事業との連携、効率化に重きを置いた地に足のついた投資であり、基本的には自己資本の投下で賄っていたこともあったため、その後のバブル崩壊による金融市場の混乱や不動産相場の暴落などの影響は受けず、むしろ取引先が減ったことによる売上減を、グループ化による効率化、経費圧縮で乗り切っていた。


 不景気に於いても手堅く利益を確保していた姫田グループは、株式市場に上場するタイミングで創業一族以外から初の代表取締役を迎え、拠点も地方から東京に移した。


 それでも社内の主要ポストには何人も創業一族の系譜の者が就いていた。

 東京の拠点で順調に実績を重ねていた出世頭だった父に、母とのお見合いの話を振ったのは、創業一族だった当時の常務取締役だった。

 常務に何らかの思惑があったのかどうかはわからない。父に野心があったのかどうかもわからない。

 娘として、両親の結婚についてこの点だけは安心できることがあるとしたら、少なくとも父の今の立場は実力で勝ち取ったものと思えたし、実力相応でもあると思えた。

 創業者一族の家に婿養子として入った父は、しかし不自然な出世などしていないしする気配もない。

 また、父も母も、おしどり夫婦とまでは言わないが、夫婦仲は良く、同じ世代の恋愛結婚の夫婦と比較しても、むしろ関係性は良好に見えた。

 だから、政略結婚などではないのだと思っている。


 錘というのは、その背景のことではない。

 単純に、父と母の気質の問題。



 母は前述の通り世間知らずのお嬢様。

 母にとっては、姫田の家は資産家というだけではなく、ルーツにも誇りを持っているようだ。

 曰く阿波に起源をもつ家で、清和源氏の系譜だとかなんとか。

 確かに創業の地も徳島だし、姫田という清和源氏の流れを汲む姓が存在するのも事実らしいから、そんな可能性もあるのかもしれないが、少なくともわたしは根拠を見たことは無い。母は信じ切っているけれど。

 仮にそれが事実だったとしても、遠い先祖がその時代、その社会に於いて高い階級にいたとして、今を生きる者にとってなんの価値があるのだろうか。


 父は大企業の管理職。

 姫田グループは上場していて、その本体の企業に勤めてるのだから、大企業といっても差し支えないだろう。

 重役ほどではないとしても相応の責任を課され、若手ほどではないとしてもそれなりに現場を駆けずり回り、数字を上げ続けなくてはならない立場。

 それもチームをマネジメントしながら。

 創業一族で企業の経営層の位置にいた当時の常務取締役が、まだまだ若手だった父に目をつけたくらいなのだから、会社にとって有益な存在だったのだろうし、それだけの能力もある人なのだろう。

 仕事が好きで肌にあっていたのかもしれない。

 父はいまだに、その忙しく重い責を苦とも思わない顔をして毎日仕事に行き、遅くまで働いている。



 夢見がちな母と現実で戦っている父は、真逆ゆえにむしろ相性は良かったのだろうか。

 そんなふたりの理想を具現化したのが姉の祷だ。

 お嬢様然とした母の好みに合った気質と雰囲気を持ち、現実を生きる父の価値観に合う考え方と能力を有している。


 父と母。そしてふたりにとっての理想の娘である祷。この形で家族の完成形なのだ。


 完璧なものから何かが損なわれてはいけないが、余計なものを足してもその完全性は失われてしまう。

 うちの家族にとって、その余計なものが、わたしだ。


 わたしには母の理想に沿えるような気質は無く、父の希望に応えられるような能力もない。


 両親は祷とわたしを露骨に比較し、露骨にその差に対する落胆を、怒りを、諦めを表情に現し、気遣いや配慮など一切ない言葉に変えて口にする。


 期待に応えられない方が悪いのか?

 期待する方が悪いのか?


 どっちでも良い。

 わたしはわたしの人生を生きるうえで、親が思う親にとっての理想の人生について、気にしてあげる必要などない。

 親が親の人生に一生懸命で、わたしの人生を気にしないのと同じように。



 この錘も、自立しさえすればいつかは軽くなるのだろうか。


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